開かない金庫

　妹から、久しぶりに電話があった。
『お兄ちゃん、お父ちゃんの認知症がひどくなって、一人暮らしはもう無理よ』
　スマホから、ため息が聞こえてきた。
「そうか。お袋が去年先に逝ったのが、引き金になったんだろうな」
『それでね、有料老人ホームに入れることにしたけど、保証人が二人いるの。お兄ちゃん、保証人になってくれる？』
「ああ、判子を押すぐらいなら、やるよ」
『今度の日曜日に入れるからね。ホームは「かえでの里」というの。実家から車で十分だから、便利なところよ。お兄ちゃんも、たまには顔を出してよ』
　そんな気はさらさらないが、生返事をした。
「ああ、近いうちにな」
『ところで、正規の仕事は見つかった？　もう二十八なんだから、いい加減落ち着いてよね』
「わかった、わかった。もう切るぞ」