この手を離さないで

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「ねえ、遥歌?」 「なあに?」 「ずっと一緒にいようね」 「うん、ずっと一緒」 「「約束!」」  陽歌(はるか)と月歌(つきか)は、合わせ鏡のように容姿がそっくりな双子だった。  小さい頃は、二人はよく互いに間違われた。そんなまわりの様子に二人は、笑い、そして、あえて入れ替わってはまわりを驚かせていた。  しかし、それは遥か昔の話だ。  今の二人を見て、互いを間違える事はないだろう。普通ならば、ここまで似ていたら見分ける事は困難なはずだった。  しかし、今は誰も彼女達を間違える事はなかった。なぜなら、纏う空気があまりにも違うからだ。名は体を表すとはいうが、陽歌は、太陽が人々を照らすように明るく元気な印象の女の子であり、月歌は、夜に月がひっそりと輝くようなもの静かな印象の女の子であった。例え同じ服を着ていても、簡単に見分けがつくくらいに違うのだ。この変化は、二人をふくめまわりからすればいい事だったのかもしれない。互いを間違わずに済む事は自分という存在をしっかりと認識してもらえる事なのだから。  でも、唯一彼女達の変化を良く思わない人がいた。  それは、彼女達の母親だった。  彼女達の母親は、双子の親であることを一つのステータスのように考えていた。その為、いつも二人に同じ服を着せ、髪型も同じにして二人が同じであることを求めた。アクセサリーのように二人を連れ歩いては、そっくりな双子ちゃんと声をかけられるたびに母親の機嫌は良かった。  しかし、大きくなるにつれて二人に性格の違いが出始めてからそっくりと言われることはなくなってきた頃から何かが変わり始めた。 「顔は、同じでもやっぱりどこか違うのね」  それがまわりの反応だった。これは、ごく普通のことだろう。だって、二人は人形ではないのだから。  しかし、その変化を母親は受け入れられなかった。そんな二人を見て母親から出る言葉はいつも同じだった。 「何で、同じ服着てるのに同じにならないの。こんなの双子の意味ないじゃない」  同じ服、同じ髪型、しかし、決して同じになれない二人。それは、二人を追い詰めた。  何度も言うように、例え、双子とはいえ陽歌と月歌は別々の人間なのだ。しかし、母親は、認めようとはしなかった。まるで同じでない事が罪かのように責めるのだ。  陽歌には、月歌のようになれ、月歌には、陽歌のようになれと毎日のように言った。  やがて二人は、母親の前では、出来るだけ同じようにするよう努力した。髪型や服装だけでなく、しぐさや話し方、呼吸のタイミングなどあらゆるものに気を付けた。  しかし、ピッタリと重なることは無かった。二人が同じ形の心臓を持ち、波打つ波形が同じだからこそ、少しのタイミングのずれで二人の形が一生重なることがないように。  服装を同じにすればするほど、二人が纏う空気の違いを際立たせるだけだった。やがて、それが大きくなるにつれて母親の苛立ちはますます増えた。そんな日々に陽歌は、二人を同じにしようとする母親に苛立ちを覚え、月歌は同じになれない自分を責めた。 「ねえ、陽歌。一卵性双生児てどうやって生まれるか知ってる?」 「知ってるよ。一つの卵から二人生まれるってことでしょ」 「うん。元は一つの卵が半分になって二人生まれるの。それなのにどうして私達は同じになれないのかな。私が陽歌みたいに出来れば、同じになってお母さん喜ぶのに。私がもっと頑張れないから…私が…」  そういうと、月歌は泣き出した。陽歌は、泣いている月歌をぎゅっと抱き締めた。 「月歌は、悪くないよ。双子だからって同じじゃないと駄目なんておかしいもん」 「だって、本当は同じはずなのに…」  すると、陽歌は月歌の顔を覗きこんだ。 「あのね、月歌。二人が同じになれないのは月歌じゃなくて、きっと私のせいだと思うよ」 「陽歌が?何で?」  陽歌は、顔をあげた月歌の頬をぎゅっと手で挟んだ。 「あのね、たとえば分かれる前の卵の中にカレーに必要な材料が入ってるとするでしょ」 「えっ?カレー?」  あまりにも予想外の言葉に月歌は、目をパチパチとした。そんな月歌の様子に、陽歌は笑いながら話を続けた。 「そう、カレー。にんじん、じゃがいも、玉ねぎ、肉、カレー粉。カレーに必要なもの、全部入ってるの。それでね、二人に分かれる前に、一つ一つ半分するの。」 「半分?」 「そう!にんじんもじゃがいもも半分にするの。それでね、玉ねぎと肉も半分したんだけど、きっと私がカレー粉半分もらわないでそのまま行っちゃったんだよ。だって私、せっかちでしょ。きっと半分するのに飽きちゃったんだよ」  そういうと、陽歌は、またにこりと笑った。 「だから、きっと私と月歌は同じになれないんだよ。だってカレー粉ないんだもん、カレーにはなれないでしょ。でもね、カレーにはなれなくても同じ材料で私は別の美味しい料理になれると思うんだよね。それでもいいと思わない?月歌、何か料理知らない?」 「肉じゃがとか?」 「それ、いい!私、肉じゃがになる!よし、今日から、月歌がカレーで私が肉じゃがね。だから一緒は今日でおしまい」  そう言って胸を張る陽歌に月歌は、涙を拭きながら一緒に笑った。  その日から、陽歌は母親の前で月歌と同じにするのをやめた。例え、母親に何を言われようと同じ服は着なかった。そんな陽歌の姿を月歌は、羨ましく思った。陽歌が繋いだ手を離し、自分だけの道を歩き始めても、月歌は母親の顔色ばかり伺いそんな自分から抜け出せずにいた。  月日が流れやがて、高校を卒業すると本当に二人は道を分けた。  月歌は地元の大学に、陽歌は家を出て東京へと向かった。  出発当日、行かないでと泣く月歌に、 「美味しい肉じゃがになってくるね」 と、あの日と同じ言葉と笑顔を残して出て行った。ひまわりのようにまっすぐ太陽に向かって歩く姿は、月歌の目にとてもまぶしかった。  陽歌が家を出てから母親は、月歌から興味を失ったかのように何も言わなくなった。母親から双子は揃っていないと価値がないのだと言われた気がして悲しくなったが、やっと月歌も自分だけの道を歩けるのだと嬉しく思った。  大学では、月歌は今までの引っ込み思案の性格が嘘のようにたくさんの事に挑戦し、友達もたくさん出来た。  まるでその姿は、陽歌のようだった。自分だけの道を歩いているつもりだったけど、月歌は、鏡を見ると陽歌に似た自分を見つけ嬉しくなった。実際、陽歌に間違われたりするたびに自分の中にある陽歌と会える気がして嬉しくなった。 (陽歌、私カレーじゃなくて肉じゃがになれたかな。今会ったら本当の双子になれるかな。)  ある日、家の電話がなった。 「月歌…肉じゃがになれなかった。私、月歌に会いたいよ」  久しぶりに聞いた陽歌の声は小さくて少しかすれていた。  月歌は、陽歌に会うために東京へと向かった。待ち合わせ場所にいた陽歌は、前のような明るさは消えていた。まるで昔の月歌のようだった。  陽歌は、月歌に東京に行ってからの事を話した。モデルを目指して上京した陽歌はたくさんのオーディションを受けた。しかし、受かることはなかった。そんな時、自分の服に紛れ込んでいた月歌の服を見つけた。陽歌は、その服を着て鏡をみた。すると鏡の中に月歌がいた。 「月歌、会いたいよ…」  ある日、月歌の力を分けてもらうつもりで、陽歌はその服を着てオーディションへと向かった。自然と月歌の服を着ることでまるで自分が月歌になった気持ちになった。そして、見事にオーディションに受かってからは月歌をイメージした服やメイクをするようになった。  仕事では、少しずつ認められるようになった。しかし、陽歌の心は晴れなかった。鏡に写る姿を見るたびに何故か寂しくなるのだった。やがて鏡を見ることさえ辛くなった。  そして、ある日気がついたのだった。今の自分は、月歌の偽物でしかないと言うことに。そして、月歌に別れをつげ、自分だけの道を進むと決めたのに歩くことさえ出来ず、自分から月歌を求めていたことに。 「月歌。私、肉じゃがだけじゃなくて、カレーにもなれなかった」  そう言うと、陽歌は涙を浮かべた。  昔陽歌が月歌を抱き締めたように、今度は月歌が陽歌を抱き締めた。 「大丈夫だよ。何にならなくてもいいよ。だって、陽歌は陽歌だもん。」  月歌は、陽歌のアパートに泊まることにした。急遽泊まることにしたため、月歌は、陽歌のパジャマを借りることになった。 「これ、お気に入りの柄で色違いで買ったの」  そう言うと淡い色のパジャマを月歌に差し出した。 「お揃いのパジャマ…」 「ごめん。小さい頃思い出すから嫌だった?違うのだそうか」  月歌の声に陽歌は、慌てて違うものを持ってこようとした。しかし、そんな陽歌の腕を掴むと月歌は、首を大きくふった。 「いらないよ。せっかくだから小さい時みたいに髪型も一緒にしよう」  月歌は、陽歌の髪型を自分と同じ三つ編みにした。鏡に写る二人は、お揃いのパジャマを着て髪型も揃えると本当にそっくりだった。 「昔より、今の方がそっくりかも。」  二人は、顔を見合せると笑った。  そして、二人は布団を並べ、手を繋ないで寝た。 「ねえ、陽歌。私に、私達は、いろいろ半分しながら生まれてきたって話してくれたでしょ」 「うん。にんじんとかじゃがいもとかね」 「そう。私ね、大きくなるとその足りない半分は勝手に埋まっていくんだと思ってた。でもね、違ったみたい。まだ、足りないの、欠けてる気がするんだ」 「うん」 「私の半分は、陽歌が持ってるでしょ。これは陽歌にしか埋められないんだって気がついたんだ」  月歌の言葉に陽歌は繋いだ手をぎゅっと握った。 「私も足りない。一つになれたらいいのに」 「でも、なれない。だから陽歌もうどこにも行かないで」 「うん、ずっと月歌のそばにいる。私達ずっと一緒だよ」  そう言って二人が顔を見合せた時、二人を大きな地震が襲った。  首都直下型地震は、あまりにも大きくて二人をお互いを強く抱き締めることしか出来なかった。  やがて、壊れたアパートの瓦礫の中から、強く抱き締めあった二人の姿が発見された。瀕死の状態の二人は、病院に運び込まれ並んだベッドに寝かされた。  体には心電図が繋がれ二人の鼓動を刻む音だけが流れていた。やがてずれていた二つのリズムが揃い始めた。そして二つの波形が揃った時、片方の鼓動が止まった。  病室には、一人の女性がベッドから外を見ていた。 「おはようございます。体のお加減はどうですか」 「今日は、調子がいい気がします」 「顔色も良さそうですね」  そういうと、看護婦は彼女の点滴を確認した。  彼女のベッドには、名字だけで下の名前は書かれていない。亡くなったのは陽歌なのか、それとも月歌なのか、両親さえ、見分けがつかなかった。それならもう本人に名前を聞くしかないのだが、彼女は、頑なに自分の名前を言うのを拒んだ。  名前を言うことで大切な姉妹を亡くしたことを突きつけられるようで辛いのだろうと周囲も無理に聞けずにいた。  看護婦が出て行くと、彼女は小さな声で呟いた。 「私の中にあなたがいる。あなたと私の波形が重なってやっと一つに戻れた。私は、陽歌であり、月歌であるのに名前って言われても分からないよね」  彼女は、そっと胸に手を当てた。きれいに重なった音が彼女の胸を打っていた。
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