イントロクイズ

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イントロクイズ

 職員に導かれ、デイの利用者が集まる部屋へと入る。玄関からここまでぐらい一人で行けるわ。年寄り扱いするな。 「こんにちは~、今日は寒いですね~」と、先に来ていた他の利用者に声を掛けられた。顔は見たことあるような、ないような……。 「……どうも」と、必要最低限の挨拶だけ済ませ、輪から外れたテレビの前の席に座った。   俺はこの施設で、必要最低限しか喋らないと決めている。なぜなら、通い始めて二回目の日に、他の利用者の気になる一挙手一投足に自然とツッコんでいたら、それを聞いた利用者の家族から、怖い、口が悪いと施設にクレームが来て注意されたのだ。 俺は愕然とした。今まで生きてきた世界とは勝手が違いすぎて、何を話したら良いかわからない。俺だって無作為に人を傷つけたいわけじゃない。それ以降、笑いがわからないやつの前で何をしても仕方ないと思い、あまり喋らなくなった。 「みなさん、おはようございます。今日はまず、イントロクイズからはじめまーす」  全員が集まると、全体レクリエーションが始まる。今日はイントロクイズをやるのだそうだ。説明をしているのは、先程俺を案内した職員だったような、違うような……。 「皆さんが知っている童謡を流すので、わかった人は手を上げて答えてくださ~い」  何で童謡なんだよ。平均年齢幾つだと思ってんだ。  そもそも俺は童謡をそんなに知らないから、ゲームに参加している風を装って静かにやり過ごすことにした。 「では、始めま~す!一曲目!」  陽気な声と共に、ラジカセのボタンが押され、曲が流れる。今どきラジカセって。 「はい」と、何人かの手が一斉に上がった。早くないか? 「“かたつむり”」 「お~!正解!」  おい、こういうゲームで一番最初から正解するなよ、ボケろよ。しかも何でそんなに早くわかるんだよ。童謡ヘビーリスナーなのか。  心の内でツッコんでいるうちに、どうやら二曲目のセレクトが終わったらしい。 「じゃあ、イントロクイズ二曲目!」  先程と同じように、ボタンが押され、どこかで聞いたことのあるような、ないような曲が流れ始める。まだ誰も手を挙げない。さっきの速さはどうしたと思うほど誰も動かない。そろそろ歌詞に入るぞ。 ♪夏も近づく 八十八夜  歌詞入ったぞ!誰でも何でもいいから早く何か言えよ! 「みなさん、歌詞よく聞いてください!もうすぐ、もうすぐ曲名がくる……」 ♪あれに見えるは 茶摘みじゃないか 「はい!“茶摘み”!」 「正解!!」  何だこれ!ほぼ正解言ってるんだから答えられるだろ!てか、ヒント出すならもっとはやく出せよ!当てた人の周りの人も、「よくわかったね~」なんて言っている。平和か。 「じゃあ、盛り上がっているところですが」  そうでもないだろ。 「次で、イントロクイズ最後です!三曲目!どうぞ!」  流れてきたのは、かけ声のテンションとは全く真逆の、少し聞いただけで悲しいとわかる曲。そして、またしても誰も答えない。  悲しいメロディーが無言の空間に響き、何とも言えないもの悲しさを演出している。BGMの様に曲がただひたすら流れる空間。沈黙が嫌になりイライラしてくる、そろそろヒントとか出した方がいいんじゃないか?  居たたまれなくなり、顔を上げる。その瞬間、職員と目が合い、彼女の顔がパアッと明るくなった。  あ、マズい。 「あ、佐藤さん、わかってそう!」  挙手制だろ!何で急に指名なんだ!ムチャぶり過ぎる! 「答えをどうぞ!」  俺は頭フル回転させる。かつて劇場で培ったアドリブ力を今こそ発揮するときだ。久しぶりに高速で回った頭にふと浮かんだ、聞いたことある曲名を咄嗟に口に出す。 「“かたつむり”!」 「……ははっはっっっっははっは」  何故だか周りで笑いが起きている。全く意味がわからない。俺がキョロキョロしていると。 「いや~さすが、元芸人さんだわ。佐藤さん。一曲目の回答言うとはね~」 「面白いね~」  どうやら俺は、“どこかで聞いたことあると思ったら、今さっき聞いたやつを天然で言った”ようだ。しかも、最悪なことにどうやらそれを狙ってやったボケだと思われているらしい。  最悪だ。別に面白いことをしたわけじゃない、変なところで笑うな。イライラする。しかも、自分が何て答えたかも忘れた。  俺の気持ちも知らず、イントロクイズは余韻も残さず終了。次のゲームの準備がされている。収録かと思うくらいタイトなタイムスケジュールだ。  先程までバラバラに配置されていた椅子が、職員の手によって扇形に並べられていく。さっき俺を案内したのはどの人だったか……
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