自由時間

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自由時間

 昼食が片付けられ、午後の自由時間となった。  同じ部屋に居るが、利用者たちは各々好きなことをしている。パズル・塗り絵・囲碁・将棋・ただボーッとしている人などなど。  俺はと言えば、真剣にテレビ見ている。  今日は年に一回の漫才の大会なのだ。この時間は準決勝で敗退した漫才師達の敗者復活戦が放送されている。  すでに何組か見たがどれも面白い。面白い、そして、羨ましい。  目の前のお客さんを、相方と二人で喋りだけで爆笑させる。  今居る世界と理想の世界の差に苛立ちが募る。  俺も、テレビの中の漫才師達のように、人を笑わせたい。微笑ましい笑いや偶然の笑いなんていらない。  俺はボケてない、なぜならボケじゃないから。  俺は誰かの間違いを面白く訂正して、笑いを生み出す役割なんだ。だから、ボケるわけにはいかない。    くそ、イライラしていたらお腹がすいてきた。もう午後二時なのに……。 「昼ご飯まだか」  ふいに口をついた言葉に、それまで適度に騒がしかった部屋が、一斉にシンとなる。  そして次の瞬間、「はっっははっっははっっは」と、部屋全体が揺れるような笑い声が起きた。  職員と思われる人たちは堪えながらも盛大に笑い、席に座っている俺と同じぐらいの人たちは、盛大に笑っている。  何だ、何かしらミスって笑われていることはわかるが、自分が何をやらかしたのかわからない。そんな俺の気持ちが伝わったのか、さっきゲームで耳打ちをしてきた女性が、「ご飯さっき食べましたよ」と、少し大きめな声で言ってきた。  最悪だ。こんな典型的なボケじゃないか。  口々に、「佐藤さんって可愛いところもあるんですね」だの、「意外とそういうのも言うんですね」だの言っている声が聞こえてくるが、一番聞こえてきたのは、「面白い」だった。  その声を聴いていたら、今まで味わったことのない感覚に陥った。 「オイシイ」思わず口に出していた。 「佐藤さん、今は何にも食べてないですよ」  誰かが言ってまた笑いが生まれている。  その中心にいるのは紛れもなく俺。  自分自身を笑って貰っている感覚・人間が面白いと言うことがようやくわかった。  現役時代に、先輩方から散々、「人間味を出せ」「ニンが足りない」と、言われてきた意味がわかった。さっきまで何かに苛立って、悲しくなっていた気もするが、そんなのは、もう忘れた。  どうせこれからいろいろ忘れていくのだ。  でも、その分知ったこともある。笑いの取り方は一つじゃないのだ。  もっと早く気付けばもっと売れたかも知れないと残念な気持ちはあるが、これもすぐに忘れるんだろう。  だったらこの瞬間が面白い方がいいじゃないか。  今あそこで一人で将棋している人も、あっちでボーッとしている人も、テレビの中で漫才をしている漫才師達も、みんな面白いじゃないか。  どんな方法で笑ったかより、笑ったことの方が忘れないんだから。 「はっはっはっはっっはははは」  気が付くと俺は、今までで一番デカい声で笑っていた。
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