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「いいねえ、俺も早く帰りたいよ」
チーフが裏から店内に顔を出す。閉店間近のこの時間、普段なら5組ほど残っているものだが、今日は誰もいない。
「お客様、誰もいらっしゃらないですし閉めちゃいたいですね」
私も愛想笑いで答える。チーフは生え際の後退しつつある髪を撫でつけながら、やれやれと首を振った。
「ほんとだよね、俺だって家族が待ってんのに。やんなっちゃう」
「いいですねえ」
ぽろりと本音がこぼれた。呟いてからしまった、と臍を噛む。仕事仲間に個人的なことを話すのは好きではなかった。
もちろんチーフも例外ではなく、特別親しいわけではない。恋愛感情なんか1ミリたりとも抱いていないし、あちらもそんな目で私を見てはいないだろう。
「中山さんも若いんだから、彼氏の1人や2人はいるんじゃないの?」
「いたらクリスマスにシフト入れてないですよ。というより、2人も彼氏いたらそれはそれで問題では」
苦笑しながら答える。はは、とチーフは笑って時計を見上げた。
「5分前だけど閉めちゃおうか。どうせ誰も来ないよ」
「え、でも」
「チーフが良いって言ってるんだから良いの良いの! 本部の人間が来るわけでもないし、バレやしないから。それにバイトの子たち、みんな早く帰りたそうだし」
くいっと親指でホールを指す。暇そうに爪を弄る大学生の女の子や、そわそわと時計を見上げる男の子たちが目に入った。
「それもそうですね」
私も頷いて、彼らに声をかけに行った。彼らは私とは違い、この後きっと予定があるのだろう。
アルバイトたちが帰り、店には私とチーフだけが残る。こんな日に限って会計が合わず、もたもたと計算する私にチーフが付き合わされていた。
「すみません、クリスマスなのに。奥さんもお子さんもお待ちでしょう」
私は焦りながら謝る。チーフは朗らかに笑った。
「クリスマスだからお客さんも多いし、毎年会計ズレるんだよねえ。大丈夫だよ、中山さんの責任じゃない」
優しい言葉をかけられるほど、申し訳なく惨めになった。クリスマス、特別な日。やっぱり嫌いだ、クリスマスなんて。
お金を数え終え、なんとか帳尻を合わせた私にぽつりとチーフは呟いた。
「それに、実は俺はクリスマスが嫌いなんだ」
壁にかけられた時計の短針がかちりと動く音が、無人の店内に響いた。
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