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「え、でもチーフはお子さんも奥さんもいるし……」  困惑してそう返すと、今はね、と苦笑する。バックヤードにある自動販売機で缶コーヒーを買うと、ほいっと私に投げて渡した。落っことしそうになり、慌ててしっかりと缶を掴む。誰もいないし座って、と事務所のデスクの椅子に隣り合って座った。 「別にクリスマスに嫌な思い出があるわけじゃないんだ。でもなんだろうな、『特別な日なんだから幸せでいなければならない』って強要されているというか」  そう言いながら、チーフはプルタブを上げて缶を開ける。沈黙した隙間を縫うように、ふわりとコーヒーの香りが漂った。 「……わかります、それ」  私も缶を開ける。茶色い液体がゆらゆら揺れているのが飲み口から見える。 「子供の頃はもっと純粋に楽しめていたのになあって、私も思います。ツイッターとか、インスタとか、何を見てもみんな『私はこんなに幸せなのよ! クリスマスはこんなことをするのよ!』って自慢で溢れてて」  独りでいることが、まるで罪のように感じられる。もちろんそんなことはないのはわかっている。でも、テレビのCMも電車の中の広告もSNSも、クリスマスは『特別な日』であり『特別な人と過ごすもの』だということを強要しているように思えた。  仲の良い友人ですら、「クリスマスに1人とか、寂しくない?」と言ってくるし、家族は「28にもなって良い人もいないの?」と暗に結婚を勧めてくる。  私は缶をぎゅっと握りしめた。コーヒーの温もりが、じんわりと指先を温める。  小さく息を吸って、吐息に言葉を乗せた。 「私、誰のことも好きになれないんです」
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