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「ツッキー。私ね、活動やめることにした」
星々が見守る中、僕は久しぶりに彼女の声を聴いた。昔のような明るさはなく、どこか諦めたような、それでいてどこかホッとしているような声だった。
誰よりも一番近くで彼女を見ている僕は、このことを予測していたからさほど驚きはしなかった。しかし想像以上に早く、その時は来た。
「どうして?」と聞き返すと、彼女は「活動をやめて、好きピと一緒になることにした」などと言い出した。
まったくもって予想外の事態に元から血色のない自分の顔がさらに蒼白になっていくのを感じた。
「は?いやいやいや、ダメに決まっているでしょ」
「もう決めたことだもん」
「アイツと一緒になったら全てが終わるんだぞ!お前という存在が、この世から消えることになる。それに――……えっと、その……」
突然歯切れが悪くなった僕を、彼女は訝しげに見つめた。
僕は彼女のことがずっと好きだった。好きだからいなくなって欲しくないし、アイツのもとに行って欲しくなかった。
でもきっとこんな僕が好意を見せたら、いくら幼馴染の彼女でも気味悪がられるに決まっている。
「それに、ほら、その――……君がいなくなると悲しむ人がたくさんいるだろ?」
彼女から嫌われることを恐れた僕は、悲しむ大勢の中に隠れることにした。
同時になんとか彼女を踏みとどまらせようと言葉を選んだつもりだった。
しかし、彼女には逆効果だったらしい。
「しらない!そんなこと、どーでもいい!」
唐突に彼女が声を張り上げたものだから、声が届く範囲にいた人々は皆驚き、戸惑っていた。僕は人目が気になって仕方なかったが、彼女は気にせず興奮した様子で言った。
「一番近くで見てきたツッキーならわかるでしょ? 私の界隈、民度悪すぎて本当にやばいってこと。今この瞬間もめちゃくちゃ荒らされてるし、何度も何度も問題起こされてさ。頑張って火消しても次から次へと問題起こされるし。もう……やってらんないなって」
偶然に偶然が重なって活動を始めた彼女は最初、人を選ぶような存在だった。しかし活動しているうちに、彼女の居心地の良さに気づいた者たちがいた。彼らは一気に数を増やしていった。最初は彼女もにぎやかになっていく様を見て喜んだ。しかし、必ずしも良い人ばかりではない。いつしか荒らしが増えていき、一部の人どころの騒ぎではなくなっていた。彼らは病んでいく彼女を見て見ぬふりをし、自分たちの欲を優先し、彼女を傷つけ続けてきた。
「それでね――、好きピに、相談してみたの」
途端、彼女の声に、嫌な明るさが差し込んだのを感じた。
「そしたらね、無理しなくてもいいんだよって言ってくれたの。本当に辛くなったらいつでも俺のところにおいで、どんなにボロボロで、汚れた君でも構わないって。全部投げ出して彼のもとに行けば楽になれる。それに気づいたらもう、どうでもよくなっちゃった」
話せば話すほど、彼女の声に艶が戻り、さらに熱がこもっていく。
それとは反対に、僕の心は一気に氷点下にまで下がっていくのを感じた。
長い間一番近くにいた僕ではなく、アイツに相談し、アイツを選んだこと。 所詮僕は陰の者で、どこまでも小さい存在であることを痛感した。
「ツッキーは長い間、片時も目をそらさず私のそばにいてくれた。私を支えてくれてありがとう。他の活動者との間にだいぶ距離があったから、一緒にいてくれてすごくうれしかった」
まるで別れ話のような言葉だった。
だが僕もここで引くわけにはいかない。
ここは体を張ってでも、彼女を止めなければならない。
僕は彼女の前に立ちふさがった。アイツの存在を背後から嫌でも感じた。
途端、僕たちの様子を伺っていた人々から、動揺が広がっていく。
誰もが、彼女の行く末に夢中だった。
「どいてツッキー」
「いやだ。君がアイツのもとに行くなら、絶対にどかない。僕は、きみが、きみのままでいてほしいんだ。たくさん笑って、たくさん喧嘩して、あんな奴らに縛られない、活動を始めたころみたいに……」
どうにか彼女の意思を揺らがせたかった。心の底からの願いだった。
「ごめんね、ツッキー」
しかし、現実は残酷だった。
「もう、つかれちゃった。」
そう、悲しそうに言うと彼女は僕に向けて――、否、僕の先にいるアイツに向かって歩み始めた。
「だから、ごめん」
――その日、地球は消滅した。
46億年前から活動を始め、多くの命を抱えてきた彼女は、それはそれはうつくしい星だった。僕はそんな彼女に一目ぼれをし、吸い寄せられるように彼女の近くを回り続けてきた。しかし、彼女は自身の終わりを望んだ。悲しみに声を上げるたびに大地が震え、人間たちは驚き、戸惑った。
さらに僕が彼女の前に立ちふさがったことで日食が起こり、信仰深い人々は世界の終末を悟った。
どうにか生きる術を模索する人間をよそに、彼女は周回軌道上を外れ、アイツのもとへと直進した。
その途中で、僕と彼女が――月と地球が衝突した。僕は跡形もなく粉々に砕け散った。その衝撃で彼女は一度動きを止めたが、決意が揺らぐことはなく、再び太陽へと直進した。その後、彼女は、地球は、誰にも邪魔されず、太陽のもとへと到着する。
破片になった僕が最後に見たのは、彼女が太陽に抱かれ、ドロドロに溶かされ、溶け合い、大爆発が起こるところだった。
ああ、僕は、君のことが――。
『46億年前から好きでした』
作・白峰鶴代
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