忘れものを忘れていた。

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「……旨い」 「だろ? とにかくさ、やることはやったんだから、後は楽しもうよ」  きっと相方は勝ちにこだわりすぎるなと言いたいのだろう。それはわかる。漫才なんてものは採点に明確な基準があるわけではない。選んだネタ、その日の出来、審査員の好みによって大きく左右される不確かなものだ。  けれど、やはりこの大会は勝たなければ意味がない。全ての芸人がこの日のためにしのぎを削り、たった一夜のミラクルに人生を懸けている。優勝さえすれば、その瞬間からもう、人生が変わるのだ。最低でも一年は多くのテレビ番組にひっぱりだことなる。  昨年、準優勝だった俺たちですら、テレビ出演の本数が飛躍的にあがり、給料だって増えたのだから、優勝となると、それはもうとんでもない話だ。誰だって、今年こそはと夢をみる。準優勝でいいなんて誰も思っちゃいない。  欲しいのは、ナンバーワンの称号だ。  すっかり冷えた大根をつつきまわしながら、相方は違うのだろうかと考える。脳みそが服を着て歩いてるような男。そう言ったのは誰だったか。とにかく機転がきいて、瞬発力がある。やつが大喜利ですべっているのを見たことがない。口にはしないが自慢の相方だ。  だから、優勝トロフィーをお前に持たせてやりたいと。  死んでも言わないけれど、ずっとずっとそう思ってきた。
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