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「ねえ、裕太?」
「うん?」
「腕、もう、いいよ」
「え?」
「歩きにくい……」
「え、あ、ごめん」
裕太はさっと私の腕から手を離す。
彼が『市駅』で降りたら声を掛けてあの日の話をしようと決心していたはずなのに……想定外のシチュエーションで変に気まずい空気を作ってしまった。
あー、ほんと馬鹿だ。どうしよう……。
とにかく気を取り直して、すぐ隣を歩いている裕太がこれからどこに向かうのか──まず、そこに意識を集中させよう。
階段を降りて、その先にある改札を出てからどこの……
「今日は、メリー……クリスマスだよ」
──え?
反射的に振り向いた瞬間、裕太に上からサンタ帽を被せられた。
このサンタ帽はもしかして──。
「それ、昔、結奈がおれに被せたやつ」
そう言って彼は、前を向いたまま恥ずかしそうに笑った。
「まだ、持ってたんだ?」
「当たり前じゃん」
改札を抜けてからも、裕太は私と同じ方向を歩いた。
十年前のクリスマス。ただ離れたくないという思いだけで、手を繋いで走った市役所までの道。
建物の前の広場には、あの時にはなかった大きなクリスマスツリーが飾られている。
私たちは自然とそこで足を止め、ツリーを見上げた。街のどこからか聞こえてくるジングルベルのマーチ。
あの日の私たちの行動は間違っていなかった。
あの時の素直な気持ちをちゃんとカタチに残そうとしたから、今日、二人はまたここにいるんだ。
「手、繋ごうかな……あの時みたいに」彼が言う。
「それ、すごくいいと思うよ」
彼の大きくて温かい手に包まれた時、離れていた十年、その全てを一瞬で取り戻せたような気がした。
覚えてるとか覚えてないとか、そこに言葉なんて初めから必要なかった。
彼と私がここにいる理由は、あの日の忘れ物を市役所に取りに行くため。
ただそれだけの簡単なことだった。私たちはその約束を果たすために、ここにいるんだ。
市役所の中に入って、とりあえず総合案内所に向かう。
十年前の忘れ物なんて……はたして無事に保管されているのだろうか。
「あの、すいません」
俯いて事務作業をしていた女性職員の人が顔を上げた。私の顔と裕太の顔を交互に見つめる。
やがて彼女はニコッと微笑んだ。
「あの日の忘れ物。ちゃんと二人で取りに来たのね?」
──あの人だ! と思った。あの時のお姉さん!
「はい!」
私と裕太は声を揃えて答えた後、お互い顔を見合わせて笑った──。
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