3

1/1
前へ
/6ページ
次へ

3

「ねえ、裕太?」 「うん?」 「腕、もう、いいよ」 「え?」 「歩きにくい……」 「え、あ、ごめん」  裕太はさっと私の腕から手を離す。  彼が『市駅』で降りたら声を掛けてあの日の話(・・・・・)をしようと決心していたはずなのに……想定外のシチュエーションで変に気まずい空気を作ってしまった。  あー、ほんと馬鹿だ。どうしよう……。  とにかく気を取り直して、すぐ隣を歩いている裕太がこれからどこに向かうのか──まず、そこに意識を集中させよう。  階段を降りて、その先にある改札を出てからどこの…… 「今日は、メリー……クリスマスだよ」  ──え?  反射的に振り向いた瞬間、裕太に上からサンタ帽を被せられた。  このサンタ帽はもしかして──。 「それ、昔、結奈がおれに被せたやつ」  そう言って彼は、前を向いたまま恥ずかしそうに笑った。 「まだ、持ってたんだ?」 「当たり前じゃん」  改札を抜けてからも、裕太は私と同じ方向を歩いた。  十年前のクリスマス。ただ離れたくないという思いだけで、手を繋いで走った市役所までの道。  建物の前の広場には、あの時にはなかった大きなクリスマスツリーが飾られている。  私たちは自然とそこで足を止め、ツリーを見上げた。街のどこからか聞こえてくるジングルベルのマーチ。  あの日の私たちの行動は間違っていなかった。  あの時の素直な気持ちをちゃんとカタチに残そうとしたから、今日、二人はまたここにいるんだ。 「手、繋ごうかな……あの時みたいに」彼が言う。 「それ、すごくいいと思うよ」  彼の大きくて温かい手に包まれた時、離れていた十年、その全てを一瞬で取り戻せたような気がした。  覚えてるとか覚えてないとか、そこに言葉なんて初めから必要なかった。  彼と私がここにいる理由(わけ)は、あの日の忘れ物(・・・)を市役所に取りに行くため。  ただそれだけの簡単なことだった。私たちはその約束を果たすために、ここにいるんだ。  市役所の中に入って、とりあえず総合案内所に向かう。  十年前の忘れ物(・・・)なんて……はたして無事に保管されているのだろうか。 「あの、すいません」  俯いて事務作業をしていた女性職員の人が顔を上げた。私の顔と裕太の顔を交互に見つめる。  やがて彼女はニコッと微笑んだ。 「あの日の忘れ物(・・・)。ちゃんと二人で取りに来たのね?」  ──あの人だ! と思った。あの時のお姉さん! 「はい!」  私と裕太は声を揃えて答えた後、お互い顔を見合わせて笑った──。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加