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「私に父親はいないの。少なくともお母さんからは聞いたことがない。多分、事情があって一緒になれない人だったんじゃないかな。」
なんでこんなことを話しているんだろうと思いつつ、ムメは話を続けた。
きっと何もかもが違う異世界で生活することに少し疲れていたからかもしれない。
「お母さんは優しい人で大好きだった。でも、少し前に知り合った男の人と結婚することになったの。」
「まさか、それで自棄になって魔女の弟子になったのか。」
どこか呆れたように聞いたスタールに、ムメは首を振った。
「まさか。その後、二人に事故が起きたの。二人とも無事だったけれど、その所為でお母さんは私の記憶を失ったの。それが辛くって…」
(思い出すだけでくらくらして来るよ。あのいつも優しく微笑んでくれたお母さんが不審そうな目で私を見てきた日のことは。それだけじゃなくて、お母さんは私以外の皆のことはばっちり覚えてたんだから。)
ひょっとして、母親は心のどこかで自分を邪魔だと思っていたんじゃないか。そんな気持ちがムメの心に巣くって離れないのだ。
そうして、この辛い現実から逃げたいという気持ちが夢の中で突然現れた魔女の申し出に頷く理由の一つになった。
「お前がいなくなって騒ぎになっているんじゃないか。」
スタールはぶっきらぼうに聞いてきた。
その横顔はどこか苛立っているようにも見えた。
「師匠に聞いたんだけれど、私の住んでいた場所とこちらでは時の流れが違うんですって。ここで1年過ごしても、向こうでは1時間ぐらいしか過ぎないみたい。私はお母さんが結婚したのをきっかけに一人暮らしをしていたから、ほんの少し留守にしていても、誰にもバレないよ。」
ムメが話すとスタールはなるほどと答えた。
「なにがなるほど?」不思議に思ってムメは聞いてみた。
すると、スタールは「いや、やたらおどおどしている子供じみた女だと思っていたが、意外とあれこれと考えていると思ったんだ。」と言った。
「私はあなたが無神経な男の人だってわかったよ。」
こんなデリカシーのない男にビクビクしていたり、気を遣っていたりしたら負けだと、ため息を吐きながらムメは思ったのだった。
そうこうしている内に、屋敷が見えてきた。
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