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カラオケで主にマイクを放さないのは、相川と若葉と有坂だった。
ほぼ3人で常にマイクの奪い合いをしており、それ以外の者は他愛無い世間話をしていたり、3人のやりとりを面白可笑しく眺めて酒のツマミにしたりしている。
「ちょっと! 次は私の番よぉ!!」
「違いますぅ! 次は私の番ですよ若葉さぁん!!」
「じゃあじゃあ、間を取って次も僕が歌いますね!!」
「「連続はゆるさーーん!!」」
「あーもうケンカはダメだよ、仲良く三人で歌えばいいじゃん」
見かねた榛名が幼稚園教諭の如く、ケンカ(?)の仲裁に入ったが。
「は? 3人でって、カラオケってそういう楽しみ方じゃないんですよ主任さん」
相川は真面目な顔で(怪訝な顔ともいう)榛名に言い返したが、若葉が相川の顔をムギュ、と右手でやや乱暴に押しのけて榛名に話しかけた。
「そういえば榛名主任、今日は1曲も歌ってないじゃないですか! 次は主任が歌ってくださいよぉ! 確か一人カラオケとか行かれるんですよね!?」
「え……」
榛名は何故それを? という顔で若葉を見返した。
「去年の新年会で言ってたじゃないですか」
「そ、そうだったっけ……? 覚えてない。いやでも、ヒトカラはひとりだから歌えるんであって人前ではちょっと恥ずかしいというか、その、」
「もぉー、なんだかんだ言っていつも歌ってくれるじゃないですかぁ~。じゃあ主任の得意なやつ入れますね、ス〇ッツの『運命の人』!」
「べ、別に得意ってわけじゃ……」
若葉と有坂の連携プレーに榛名が叶うわけもなく、割り込み入力されてイントロが流れ出した。
「ん? 知らない曲だな、懐メロですか?」
「「相川、黙って聴きな」」
「は、はい……」
榛名過激派の二人(有坂&若葉)に同時に怒られて、相川はシュンとして黙った。
榛名に生意気な態度を取ると、彼を慕う看護師たちがやたらと怖い(うるさい)ということを、今日彼は篤と学んだ。
*
「……きみ、意外とカラオケ上手なんだね」
榛名は歌い終わった後全員から拍手を浴び、恥ずかしそうにマイクを有坂に託してトイレに立った。そして、霧咲もその後を追いかけた。
榛名が用を済ませたあと、廊下で待っていた霧咲が榛名を誘って外の空気を吸いに出て、そこで少し立ち話をしている。
「はあ、特に趣味とかないので、休日の暇なとき時々一人で行ったりしてました」
「全然知らなかったよ」
「貴方と会ってからは、俺の心にカラオケに行ける余裕はなかったですから……。ちなみに、あの日の昼間もヒトカラ行ってましたよ、彼女にフラれたあと」
「……」
霧咲は榛名の突然の告白に目を丸くした。『彼女にフラれたあと』――ということは、霧咲と出逢った日の話だ。
二人はその夜にお洒落なバーで出逢い、愉しいお喋りに興じたあと、ラブホテルで身体を繋げたのだった。
「……なんか、思い出したら今すぐ帰って君を抱きたくなってきたな」
「急に二人で帰るのは、さすがに不自然でしょ……」
「え、君も今すぐ俺とセックスしたいって思ってくれてるんだ?」
「……意地悪」
榛名がギロリと霧咲を睨んだが、迫力は無いし酔っているので色っぽいだけだった。
霧咲は、『まあ、喫煙者でもないのに急に二人で外に行って話してるのもわりと変に思われている気がするけどね』と言いたかったが、我慢した。
二次会のカラオケはあと一時間で終わる予定だ。それまで身体の奥で燻り始めた熱を誤魔化すため、霧咲は唐突に話を変える。
「そういや君、地声であんな高音出るのは凄いね。ス○ッツは昔から好きなの?」
「うーん……俺が好きっていうか、お母さんとお姉ちゃんが好きなので、自然に聴いて育ったというか」
「なるほど」
「誠人さんも戻ったら何か歌ってくださいよ。ていうか絶対若葉さんたちに歌わされると思いますけど」
「え~……しょうがないな、じゃあとっておきの持ち歌を披露するか……」
「え、そんなのがあるんですか!?」
「そりゃあ俺にだって持ち歌くらいあるよ、こっちの病院にも飲み会はあるし、絶対歌わないなんてシラケるだろ」
「はー……」
榛名の前では基本、霧咲は意地悪で不遜な態度だが、どうでもいい他人の前では意外とノリが良く、当たり障りの無い人物なのだ。
「そういう気遣い、するんですね」
「君はまだ俺を誤解しているな……」
部屋に戻ったあと、霧咲は以前友人に『お前っぽい曲だから覚えろよ』とほぼ無理矢理覚えさせられた氷○京介の『KISS ME』をノリノリで歌い、女性陣を湧かせたのだった。
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