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しばし、無言が続く車内。
重い空気の中、先に口を開いたのは霧咲の方だった。
「どうして連絡くれなかったの?」
その言葉に、榛名はドキリとした。何度も連絡しようと携帯とにらめっこはしていたのだ。
けど、結局霧咲に連絡することはどうしてもできなかった。
そのことを、どういう言葉で伝えればよいのだろうか。
「あ、会いたく、なかったから……」
それは半分嘘で、半分本当だった。
何故なら榛名は、あの日のことは一夜の夢として処理するつもりだったのだ。少なくとも、抱かれている最中は。
「ひどいな、俺のことを好きだってあんなに何度も言ってくれたのに」
「あれはあの時のノリです、貴方だってそうでしょう?」
「俺は本気だったよ? 君に一目惚れしたんだ」
「何言ってるんですか……」
先ほどから榛名は、一度も霧咲の顔を見れていない。
目を合わせてしまったら、負けてしまいそうな気がするからだ。何か勝負をしているわけでもないのに。
車に乗り込んだ瞬間から心臓が落ち着かない。気付かれないように軽く深呼吸をして、今度は榛名が霧咲に問うた。
「どうして貴方がうちの病院に来たんですか?」
「K大に助っ人を頼んだのはそっちだろう。君は関係ないかもしれないけど」
「………」
その通りなので、榛名には何も言い返せなかった。そして赤信号に引っ掛かったので、霧咲は車を停めた。
「ねえ、なんでそんなに怒ってるの? あの日はあんなに可愛かったのに。初めて会った俺になんでも話してくれただろう? 別れた彼女がどうのこうの、運命の人がどうのこうのって」
「っ、もう貴方とは二度と会わないと思ってたからです!」
霧咲に対して無防備すぎた自分が恥ずかしくて、榛名はつい声を荒げてしまった。
あの日のことを面白げに話す霧咲に苛立っていたのもある。
そのまま睨みつけたら、霧咲は少し困ったような顔で榛名を見つめた。
そしてスッと目を逸らすと、信号が青になったのでまた運転を再開した。
「……………」
霧咲が黙ってしまった途端、榛名は急に霧咲に対して申し訳ない気持ちになってきた。
あの日は合意の上でセックスをしたのだし、あんなに乱れたのは自分が悪いのに。
霧咲からしてみれば、ただあの日の相手と偶然再会してそれを喜んでいるだけなのだ。
こんなに恥ずかしがっているのは榛名の勝手な都合で、霧咲は食事にまで誘ってくれたのに、何故か榛名に理不尽な態度を取られている。
自分が霧咲だったとしたら、非常に不愉快だ。今すぐ車から叩き出したいくらいに。
榛名は申し訳なさに胸を痛ませた。
「あの、ごめんなさい……」
結局、素直に謝った。
「えっ、何が?」
霧咲が少し上ずった声で反応した。
いきなり殊勝な態度になった榛名に本気で驚いたようだ。
「あの、俺はただ恥ずかしくて……本当にあなたとはもう二度と会うことはないと思ってたから、あの日はあんなに乱れることができたんです。今後もまた会うってわかってたら俺はあんなに乱れなかったし……っていうかラブホに入ったりなんかしなかった! ……でも、こうやって会ってしまったから、その、だから……」
しどろもどろもいいところだ。
榛名は自分が何を言い訳しているのかよく分からなかったが、とにかく言いたいことは一つだけだった。
「わ、忘れてください!! あの日のことは!!」
「は?」
「俺も忘れます! なかったことにしましょう。俺たちは今日が初対面ってことで、ナースとドクターとして会ったことにしたいんです……じゃないと俺、この先貴方と平気な顔して仕事なんてできません。お願いします、どうかあの日のことは忘れてください!」
榛名は霧咲に対して思いきり頭を下げた。自分がどんな顔をして言ってるのかなんて、見られたくないと思った。
「榛名、顔を上げてごらん」
「お願いします……!」
「多分後ろの車にね、君が頭を下げてるのが見えてるよ? 後ろのカップルがニヤニヤしてる」
「え!?」
榛名は慌てて頭を上げた。が、ちらりと確認した後続車は大型トラックで、こちらからは運転手の顔すら見えなかった。
つまり、榛名はからかわれたのだ。
「霧咲先生!」
「忘れてあげてもいいよ」
「えっ!?」
まさか、そんなにあっさり承諾してくれるとは思わなかった。
嬉しいが、もうちょっと自分を困らせるようなことを言うんじゃないか、と思っていたのだ。
さっきからなんとなく、霧咲の性格の悪さを感じていたので……。
あの日見せてくれた穏やかな霧咲の表情も、榛名同様に作られたものだったということだろう。
でも、それが何だというのだ。
素の榛名はあんなに愛想良くお喋りはできないし、初対面の相手とホテルに入ったりなんかしない。
誰だって、初対面の相手の前では仮面くらい被るだろう……そんなことを考えていたら、霧咲がとんでもないことを続けて言った。
「もう一度、君を抱かせてくれたらね」
「……は?」
本当にこの医者、性格が悪い。
目を細めてニヤリと笑う霧咲の顔を見て、榛名は改めてそう思った。
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