第13話 堂島の鋭い指摘

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第13話 堂島の鋭い指摘

「──榛名くん、なんか顔めっちゃ疲れてね?」 「え?」 今日の夜勤は有坂と堂島と榛名の三人だ。  夜勤と言っても22時には終わるので正確には『遅出』または『準夜勤』だ。 T病院の透析室では、月水金のみ2クールやっており、患者の大半が働いている人達だ。  彼らは仕事終わりに透析治療にやってくる。現在夜勤の患者は17名、それを3人で捌くので夜勤もなかなか忙しい。 リーダーからの申し送りが終わったあと、臨床工学技士の堂島に顔を覗き込まれて、そんな心配をされた榛名だった。 「別に、昨日忙しかったからだし」 「ホントにそれだけ? でもきっちり5時に帰ってたっしょ?」 「そういえば主任、昨日あのイケメン先生とデートしたんですよね!? どうでしたか!?」 「!!」 有坂さんめ、余計なことを……! と思ったが、口から出たものはどうしようもない。  堂島は一瞬驚いた顔を榛名に向けて、すぐに有坂に聞いた。 「ちょ、有坂っち何それ? イケメン先生って昨日来た霧……なんだっけ、霧島先生」 「霧咲先生だよ」 なんで俺が教えなきゃいけないんだと思いながら、榛名は堂島の質問に答える。 「そう、キリサキ先生! 俺ちらっとしか見なかったけど、確かにすげぇイケメンだったな……てか榛名君、俺の誘いは何回も断ってんのに、なんで初対面の先生の誘いには乗るの!? 俺ちょっと傷ついた!」 「そりゃあ堂島くん、顔よ、顔の違い」 そう辛辣なツッコミを入れたのは本日の日勤リーダー、富永だ。  昨日の定時前に、霧咲の噂をして騒いでいたスタッフの一人である。 「何ソレ!? 俺だって別にブサイクなわけじゃねーし! でもあの先生と比べるのは酷でしょ!? ねぇ榛名くん嘘だよね? 顔で選んだとか嘘だよね!? 嘘だって言ってよぉ~」 (なんでそんなに必死なんだよ……) 「……先生からの誘いを断れるわけないだろ、しかもうちがお世話になってるK大の医師なんだし」 榛名は堂島に『ウザイ』という辛辣な眼差しを向けながらも、誤解されないように話した。  富永の冗談に乗っかってもよかったのだが、そうすると堂島がもっとウザくなりかねないのでやめた。 ちなみに榛名が堂島の誘いを断るのは、MEとしては堂島を認めているものの、その性格が少し苦手だからだ。  二人で食事などをしてあまり親しくなりたくない。可哀想なので言わないが。 「ヒドイー! オレなら断ってもいいの!?」 「だって堂島君に機嫌損ねられるのは別にいいけど、K大の先生の機嫌を損ねて助っ人やめるとか言われたらやばいだろ」 それは実際に言われたことだ。まあ、タチの悪い冗談だったのだが。  そして榛名は堂島に対して結構辛辣なことを言っているのだが、榛名本人はあまりそのことに気付いていない。 「榛名君が食事断っただけで先生が助っ人辞退するとかそんなんあるわけねぇじゃん! 立派なパワハラだし! てか俺の機嫌を損ねることにもう少し躊躇してよ! ……はぁ……つまり、榛名君的には接待だったってこと?」 「そんなもんかな。ま、奢られたのはこっちだけどね」 昨日のことはあまり思い出したくない。  霧咲は榛名を3~4回絶頂に導いてもなお、『朝まで寝かせないよ』などという恐ろしいセリフを吐いていたのだが、突然病院からの呼び出しを食らってやむなく中断したのだった。  そして榛名は、無意識に昨日のことを思い出していた。 《プルルルル……》 『チッ、邪魔が入ったな……はい、霧咲です。え? 原さんが溢水を起こしてるって?……CTRは? サーチは? ……んーじゃあ酸素5リットルから開始して、95%をキープして。今からとりあえず3時間イーカムで回して、血圧を見てできるだけ水を引いといてください。場合によっては胸腔穿刺するから、その準備も。……あぁ、今すぐ行くよ、近所だから1時間もかからない』 (今、このひと舌打ちしたぞ……。てか、溢水ってやばいじゃん) 溢水(いっすい)とは、心臓に溜まった水が肺にまで溢れた状態のことを言い、十分に呼吸ができず溺れたような状態だ。  透析患者が医者や看護師の言うことを聞かず、余計な水分を取りすぎるとこうなる。 『あの、霧咲さ、……霧咲先生』 『ハァ……最近入院してきた訳あり患者でね。看護師に隠れて水道水をがぶ飲みしていたらしい』 『大丈夫なんですか?』 『さてね。それにしても、君といると何故かいつも呼び出しをくらうな……朝まで抱きしめてしつこく何度も好きだよって囁いてやれば、君は俺のものになると思ったのに。試すのは次回に持ち越しだな』 『なッ!!』 (次回っていうか、三度目なんてないから!!) そう言おうとしたのだが、霧咲に遮られた。 『榛名さん、悪いけどシャワー貸してくれるかい? あと、できたらタオルも』 『榛名さん』。  そう呼ぶということは霧咲は既に医者モードで、先ほどまでの甘いやりとりは終わりということだろう。  自分だけ引きずっていると思われたら嫌なので、榛名も素早く看護師モードに切り替えた。 『ちゃんと用意しておきますから、早くシャワー浴びてきてください。急がないと患者さん危ないんでしょう?』 そう言ったら、少し目を丸くした霧咲に髪をくしゃっと撫でられて── チュッ 軽い音を立てて、頬にキスをされた。 『なっ!?』 先程までもっと凄いことをしていたというのに、霧咲の行動に榛名はたちまち真っ赤になって頬を押さえた。  そんな榛名に霧咲はクスッと笑って、『なんだかきみ、俺の奥さんみたいだね』と言った。 『~~っ馬鹿なこと言ってないで、早くシャワー行ってください!』 『はいはい、看護師さん』 『看護師ですけど何か!?』 ただ事実を言われただけなのに、何故かからかわれたような気分になった。  その前に『奥さんみたい』などと言われたからだろうか。 (もう、冗談じゃない……!) 榛名は胸の高鳴りを必死に否定して、甘い痛みとだるさを残した腰をゆっくりと上げて、霧咲のために浴室にタオルを準備した。 (結局、思い出してるし……) すぐに切り替えて仕事に取り掛かろうとしたのだが、有坂に遮られた。 「榛名主任、昨日は霧咲先生にどこに連れてってもらったんですかぁ? やっぱりイケメンだから、オシャレなレストランとかですかぁ!?」 「あ、それ私も気になる~! 教えてよ、榛名君……じゃなくて、榛名主任」 有坂だけだったなら『おしゃべりしてないで仕事するよ』と言えたのだが、榛名よりも年上の富永にまで聞かれたら答えないわけにはいかない。 「ふつーのラーメン屋でしたよ。霧咲先生の行きつけらしくて、ラーメンと餃子とビールをご馳走になりました。美味しかったですよ。有坂さん、相手がイケメンだからって絶対オシャレなレストランなんかに連れてってくれるわけないでしょ? 偏見だよ、偏見」 イケメンというだけで過度な期待をされるなんて、自分はイケメンじゃなくてよかった、と榛名は思った。  決して負け惜しみではない。 「それは主任が男だからですよぉ~! 女の子が相手だったらラーメン屋とかに連れてくわけがないじゃないですか! イケメンが!」 「んまあ、確かにねぇ……」 有坂と同じように、昨日ラーメン屋に着くまでいったいどんなオシャレな店に連れて行かれるのだろうかとうっすら期待していた自分を殴りたい。  ラーメンは美味しかったが。 「でもイケメンなのに普通のラーメン屋に行くなんて、それも素敵なギャップじゃない? 気取ってないっていうか。それに自分の行きつけに連れてってくれるなんて特別感があるじゃない! ふふ、若い有坂ちゃんにはまだわっかんないかな~?」 特別感、という言葉にギクッとしたが、富永は一般的な例を言っているだけだ、と榛名は自分に言い聞かす。 「あ~そうやって若者を馬鹿にしてぇ!」 ここで、富永を逆におばさん扱いしないのが有坂が皆に好かれる所以なんだろうな、と榛名は思う。しかしそろそろ、頃合いだ。 「さ、おしゃべりはここまで、仕事するよ! 有坂さん、今日は君の大好きな穿刺をいっぱいさせてあげよう」 「えー! ううっ……ガンバります」 「でも無理だって思ったらちゃんと言うんだよ? 交代するからね」 「はーいっ」 そこで榛名は、何故か堂島が自分をジッと見ていることに気付いた。
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