第14話 霧咲先生の回診

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「K大から来た霧咲と申します、毎週木曜日に来ますので、よろしくお願いしますね」 「え~すごい、K大の先生!? なんでT病院に!?」 「助っ人で呼ばれまして」 「へえぇ。K大の先生に診てもらえるなんてラッキーだなぁ」 霧咲に挨拶されて、患者の浦田氏(60代男性、透析歴8ヶ月)はものすごく嬉しそうだ。  やはりK大ブランドはすごいな……と思いながら、榛名はその様子を見ていた。 「透析が終わった後など体調はきつくありませんか?」 「特になんともないですよ~」 霧咲は浦田氏にそう聞いたあと、ナースが付けた透析記録をぱらぱらとめくる。 「少し血圧が高いですね……足、拝見します」 そう言って、浦田氏の布団をめくると足を見た。そして皮膚の弾力をぎゅっと手のひらで確かめている。浮腫(むくみ)がないかを確認しているのだ。 「んー、少しむくんでますね。榛名さん、浦田さんの今月のCTRはいくつですか?」 「か、確認します」  榛名は少し慌ててノートパソコンを操作して、今月の浦田氏の胸部レントゲンを確認した。 「57%です」 「先月は?」 「ええと……55%です」  霧咲が榛名の方へ来て、横からパソコンを覗き込む。  少し近い距離の霧咲に、またドキッとした。 「増えてますね。じゃあ今日から毎回、少しずつドライ下げていきましょうか……榛名さん、浦田さんの体重を今日から300ずつ下げてください、来週私が来るまで」 「は、はい」  榛名は透析記録のドライウェイトを書きかえると、コンソールの設定も替えた。  まさかいきなり指示変更が来るとは思わなくて少し焦る。 「浦田さん、透析終わりにキツくなってきたら看護師さんに言ってくださいね」 「はい、エート……霧咲先生」  奥本の場合、もう2~3回様子を見てから変更するし、それもナースが『そろそろ落とした方がよくないですか?』などと言ってからが多い。  大学病院では、そんなちんたらしたことはやらないのだろうか。 「指示変更はどこに書いたらいいの?」 「あ、このページでお願いしますっ」  榛名は透析カルテをめくり、霧咲に示した。自分も指示変更はあとでまとめてリーダーに報告しないといけないので、別に用意した紙にさらさらとメモをする。 (浦田さん、下肢浮腫とCTRアップのためDW300gダウン、と……で、次回からも300ずつ下げる……今日のDWは57.3kgで、土曜日は57.0Kg……)  これで浦田さんは終わりかな、と思ったら。 「じゃあ次は検査データを見せてくれる?」 「はい?」  まだ、浦田氏の回診は続いていたようだ。榛名は再びパソコンを操作して、最新の採血の結果を霧咲に「どうぞ」と見せた。 「ヘモグロビン13.5か。結構高いね。えーと、今出てる注射薬はどこを見たらいいの?」 「えっと……、ここです」  榛名は今度は透析カルテの注射伝票を霧咲に示した。 「エポ、今日で中止にしよう」 「中止? ……はい、わかりました。有坂さーん!」  まだ今日の分の薬は配られていないので、今日の薬品係の有坂に伝えなければいけない。 「なんですかぁ? 榛名主任」 「今浦田さんにエポ中止の指示が出たから、今日の分は抜いて後で薬局に返品してくれる?」 「はいっ、わかりましたぁ」  そう言いながら、榛名は注射伝票もささっと書き換えた。あとで薬局に下ろす用の伝票も変更しないといけないが、それはリーダーに任せることにした。 (さて、そろそろ浦田さんは終わりかな……って、まだ!?) 「少しカリウム値が高いですね。浦田さん、食事は誰が作ってらっしゃいますか?」 「家内ですが……」 「そうですか、奥様はカリウム値が高い食べ物のことはご存じですか?」 「はぁ、多分知ってると思うんですけど……」 「うーん、多分じゃちょっと怖いですね。浦田さんもカリウムは怖いって知ってるでしょう? 心臓にダイレクトに来ますからね。奥様ともう一度栄養指導を受けましょうか。榛名さん、いいですか?」 「は、はい。浦田さん、あとで食事記録表渡しますから三日分の食事内容をできるだけ詳しく書いてきてください。あ、できたら奥様に書いてもらってください。書いてこられたら、管理栄養士に栄養指導の依頼しておきますね」 「わ、わかりました……」  あとで霧咲にも栄養指導指示箋を書いてもらわなければいけない。  榛名はそれも忘れずにメモをした。 (もう終わりだよね!?)  霧咲はカルテに採血のデータ値と、肺の図を描いてCTRをを書き込んでいる。  何やらスマホを用いて計算もして、データを書いていた。 「じゃあ浦田さん、また来週に会いましょう」 「ありがとうございました~霧咲先生」  やっと一人目の回診が終わったが、軽く10分はかかっている。  今日の午前中の患者は32人だが、まさか全員こんなに細かく診るのだろうか? そんな榛名の予想は……すぐに的中した。 「堀尾さん前回もドライウェイト下げてますけど、まだ血圧高いですから今日も下げましょう。榛名さん、200引いてくれる? できれば血圧が下がるまで毎回ね、それと来週火曜日にレントゲンを入れてください」 「はいっ、ドライ変更……来週も……それと胸写……」 「藤井さんヘモグロビン低いですね。今日までエポをいって、来週からはネ○プの60開始してください、週1で。……え、鼻水が止まらない? ……榛名さん、ディレ○ラを3日分処方したいんだけど、どうやって処方するのかな?」 「ええっと、ここをクリックしてから……ディレ○ラ、毎食間でいいですか?」 「谷口さんカルシウム値高いですね、今日でオキ○ロールは中止しましょう。あと炭カルも中止、リン吸着薬はホス○ノールに替えます。榛名さん、変更をお願いします。あと来週火曜の透析前に採血入れてください、CBCだけでいいです。木曜に見ますから」 「はいっ、来週火曜日採血ですね、CBCだけっと……有坂さん、谷口さんのオキ○ロールも回収してー!」 「三好さんPTHが高いですね。レ○パラ半量増やしましょうか。2.5㎎の在庫はある?」 「薬局に確認します! ……もしもし、お疲れ様ですっ、透析室看護師の榛名ですが!」 「松田さんCTR44%か、結構きつかったでしょう。今日からドライを300あげますね。あとフェリチンも低いのでフェ○ンを週1で開始しましょう、今日からでお願いします、榛名さん」 「はいっ、有坂さーん!」 「もう後ろにいますぅ!」 「並木さんご飯食べれてないんですか? じゃあ透析中は毎回点滴しましょうか。榛名さん、今からキド○ンとイ○トラを一本ずつ開始してくれる?」 「はいっ、……有坂さん!!」 「了解ですぅぅ!」 「大川さん透析途中から血圧が一気に下がりますね。開始前と二時間目にリズ○ックとド○スを内服しましょう。今日の分は……ストックはありますか?」 「ありますっ、多分! 有坂さん!?」 「確認してきますぅぅぅ!!」 (ちょっと待って……ちょっと待って!!) 榛名はこんな大量の指示を一日で受けたことがないため、いっぱいいっぱいになっていた。メモをする暇などなく、言われた指示を即実行に移す。  しかしそんな榛名のピンチに気付いたのか、他のナースも手伝ってくれていた。 薬係の有坂は片っ端から薬の指示変更や施行を行い、指示拾いはリーダー玉井が自ら行っている。  他のスタッフは少ない人数で血圧測定や回収の準備、フットケアなどに回っていた。  いつもなら特に忙しくない時間帯なのに、全員休憩に入る時間が遅れていた。
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