第5話 有坂のショックな出来事

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第5話 有坂のショックな出来事

 今日の遅番──夜勤、もしくは準夜勤とも呼ぶ──のメンバーは榛名、二宮、有坂の三名だ。 ベテランMEの二宮は当然だが、有坂も後輩が入って来たことでだいぶ新人っぽさが抜けて、最近は穿刺もあまり失敗せずに患者からも同僚からも頼れる存在になってきた。 しかし長く付き合っている彼氏がいるというし、適齢期なので、もうすぐ結婚して仕事を辞めてしまうのではないか──と榛名は勝手に残念がって後輩がいなくなることを勝手に寂しがっていた。  が。 「榛名主任……私、昨日彼氏と別れました……」 「え!?」 遡ること少し前――。   榛名はロッカーで白衣に着替えた後、まだ始業時間には早いので透析室の休憩室へ向かった。  『お疲れ様です』という挨拶とともに中に入った途端、有坂が中央のテーブルにべちゃあと突っ伏してソファーに座っていた。 榛名は慌てて『ど、どーしたの有坂さん! 具合が悪いの!?』と聞いた。有坂も昨日は榛名同様に日勤で、特に普段と何も変わらない態度だったはずだ。  そしたら有坂は首だけをゆっくりと榛名の方に向けてそう言ったのだ。彼氏と別れた、と。 「え……だ、だって長く付き合ってる人なんだよね? ケンカしたとか? 昨日の今日だし、早まらない方が」 「長いって言っても3年くらいですぅ……」 「わりと長くない?」 「普通かと……」 榛名は今の所、霧咲が一番長く付き合っている恋人である。(※1年未満) 「なんか、昨日家に帰ったら話があるって言われたんで夜に会ってきたんですけど……。彼が先月帰省したときに、幼なじみと酔った勢いで寝ちゃって、結果子供が出来たから別れて欲しいって外で土下座されました」 「う、うわぁ、それはなんというか、精神的にクるね……」 榛名も数ヶ月前に似たような経験をした事があるような、ないような。  もちろん正しくは『無い』のだが、似たようなことを思い込んだ経験があるので――霧咲に妻と娘がいる、という――有坂の気持ちはわりと分かる。 「いやもう、ホントですよぅ。ヤったのも最悪ですけど、子どもまで出来たなんて最低最悪すぎます……」 「今日よく仕事来れたね!? 休んでもよかったのに」 「主任との夜勤、前から楽しみにしてましたからぁ……」 有坂はかなり泣いたのか、化粧で隠しきれないくらい目が腫れている。自分と夜勤したいからと仕事に来てくれたのは嬉しいが、使い物にならなかったら休んでくれた方が良かった。  しかし、家で一人でいるとひどく辛いので、仕事をして気持ちを紛らわせていたほうがいいのだろうか……?  榛名はう~んと考え込んだあと、またテーブルに突っ伏して項垂れてしまった有坂の背中を慰めるようにポンポンと優しくたたいた。多分セクハラとは思われない(と思う)。 ガチャッ 「お疲れ様です──って、どうしたんですか有坂さん!?」 榛名の次に休憩室に入ってきた二宮も、テーブルに突っ伏した有坂を見てギョッとしていた。 「あ、二宮さんお疲れ様です。え、えーと有坂さん、今の話は二宮さんにも言っていいのかな?」 「いいですよ、今日は私、お二人に慰めてもらう気マンマンで仕事に来ましたから……」 「??」 榛名は、今しがた有坂から聞いた話をそのまま二宮にすると『うわ、彼氏えぐいっすね』と正直な感想を言った。  榛名は二宮が『どっかの主任と似たような経験してんな』と思ってるんだろうな……と思い、なんとなく二宮の顔が見れない。    そして夜勤の始業時間になったので三人は立ち上がり、榛名と二宮はぽんぽん、とそれぞれ有坂の背中を優しく叩いて無言で慰めた。(さすがに頭を撫でるのはセクハラっぽいので、しなかった)  優しい二人に慰められた有坂は少しメンタルが回復したようで、『仕事はちゃんとしますから』とはっきり言った。 (俺は事実でないことにショックを受けて次の日仕事を休んだのに、有坂さんはエライなぁ……)  榛名は当時のことを思い出し、有坂は自分が思っていたよりもだいぶ強い女性であることを認識し、尊敬した。  すると何故か自分も二宮にポンと背中を叩かれて、思わず二宮の顔を見るとにこっと微笑まれて、あの時だいぶ二宮に恥を晒したことを思い出してカーッと赤くなった。
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