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第6話 セクハラ案件
榛名たちは今日のリーダー富永から日勤帯の申し送りを受け、夜勤の仕事に取り掛かった。
富永も申し送りの時に有坂の顔を見てひどく心配したが、有坂は軽く『彼氏と別れちゃって~でも大丈夫ですぅ』と理由も正直に言い、心配をかけまいと気丈に振舞っていた。
榛名はそんな有坂がいじらしくて、なんとか言葉以外でも慰めてあげたいと思ったが、その方法はいまいち分からない。
──なので。
「今日が夜勤じゃなかったら、飲みにでも連れて行ってあげたかったけど……」
「ありがとうございます主任、その気持ちだけで嬉しいですぅ。ていうか一緒に夜勤できるのが嬉しいんでっ 」
「……じゃ、あとで飲み物奢ったげるね」
「わぁいっ、頑張りますぅ!」
有坂には霧咲との関係は明かしていないものの、以前榛名が勘違いをしてK大から帰ってきてひどく意気消沈していたときに慰められたことがある。
あの時は感謝する余裕は無かったけど、今にも倒れそうだった自分を気遣ってくれてひどく嬉しかった。
もちろん、その後家まで車で送ってくれた二宮にも。
(そういえば、今夜の夜勤はあの時の面子なんだな……)
榛名は有坂の分だけでなく、二宮の飲み物も後で何か買って渡そうと思った。
日勤は17時までだが、夜勤は15時45分からだ。なので数時間は日勤者と時間被りで仕事をする。
午後から透析に来る患者は基本は全員夜勤者が穿刺を行うが、次々に患者が来て捌ききれない場合は日勤者も穿刺を行い、夜勤者はその後の管理を任される。
患者も仕事を終えてから来る人がほとんどなので、朝と違ってわりと時間がバラバラに透析室にやってくるため、夜勤者が三人でもなんとか回収をやれるのだ。
「――じゃあ伊藤さん、終了は20時10分です」
榛名と有坂がペアで午後患者の穿刺と記録を行い、患者から離れようとしたら――
「……若い女の子にだけ飲み物奢るとか、ちょっとあからさますぎませんか? 榛名主任」
いきなり背後から、そう囁かれた。
びっくりして振り返ると、そこには崎本が立っていてジロッと榛名を睨んでいた。
「え、ええと? 﨑本さん、なんですか?」
「さっき有坂さんにだけ飲み物を奢ると言っていたでしょう、しっかり聞こえていましたよ。本当は飲みに誘いたかったとかなんとか――」
「いや、それは……」
「特定の子にだけ言うって、普通にセクハラ案件だと思いますけど!?」
榛名は慌てて言い訳しようと思ったが、そうしたら昨日有坂が彼氏に失恋したことまで言わなければならない。
別段仲良くも無い同僚に勝手にそういうことを言うのはさすがにはばかられるため、榛名がどうしようと迷っていると。
「主任が夜勤者に飲み物奢るとか別に珍しくないッスよ。俺も奢られたことあるもん、ねー榛名く……榛名主任っ」
「ど、堂島君」
助け船を出してくれたのは、日勤の堂島だった。
「は? じゃあ個人的に飲みに誘うってのは……」
「二人きりなわけねーじゃん、後から俺とか若葉さんとか二宮パイセンにも声かけるっつの~。でも、その前に新人歓迎会しなきゃな!」
「あ、そうだね。そっちの計画も立てなきゃ……幹事は誰にしようか」
「俺やりますよ、言いだしっぺだし。店、勝手に選んでもいいっすか?」
「いいの? 助かるよ、堂島君」
「へへ。――崎本さん、お酒は飲めます? ……あ、主任、次の患者さんが来ましたよ」
堂島の視線の先にはまたひとり午後の患者が来ていて、二宮が体重を計っているところだった。
「ゴメン行くね、――ありがとう堂島君」
「いいってことよ」
敬語を使うなら最後まで使ったらいいのに……と思わなくもないが、崎本から助けてくれたうえに話まで逸らしてくれた堂島に、榛名は心から感謝した。
榛名は二宮のもとへ行くと、体重計算をして穿刺の補助をした。一瞬二宮から同情のような視線を送られたので、苦笑した。
その患者の穿刺が終わり、ベッドから離れると今度は有坂が背後からボソボソと声を掛けてきた。
「さっきはすみません、榛名主任。私、助けてあげられなくて……私が行ったら余計拗れるだろうからって、直前で堂島君に止められて……」
「その選択は最良だったと思うよ、有坂さん」
榛名の代わりに隣にいた二宮が答えた。
どうやらさっき榛名が崎本に詰められているのを見ていたらしい。(が、患者が来たので行けなかった)
「なんていうか、俺が迂闊な発言をしたせいだから……たしかに背景を知らなかったら、勘違いされても仕方ないかなぁって」
「そんな、私を慰めてくれるためですし! 私がプライベートな問題を職場に持ち込んだのが悪いのでして……!」
「いやいや、有坂さんは悪くないよ」
それを言われると、腹も耳も痛いのは榛名の方だった。
「あ、もちろん二宮さんにも飲み物を奢るつもりでしたよ」
「え? 俺は主任に奢られるようなこと何もしてないですけど……」
「いえ、前に俺が職場でオチた時に慰めてくれたの、有坂さんと二宮さんだったなあって思い出して……それで」
榛名は少し顔を赤らめながら言った。そんな可愛い顔を霧咲以外に見せてもいいのだろうか……と、二宮と有坂は少し心配になる。
「でも俺、その次の日に主任の手料理ご馳走になりましたし。それでチャラじゃないですか?」
「えっ!? 主任の手料理ってなんですかぁ!? 私、そんなイベント知らないですよ!?」
「イベントじゃないから……」
話していると今度は二人連続で患者が来たので、榛名は有坂と、二宮は堂島と組んで穿刺を開始した。
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