第8話 二宮×榛名×有坂

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第8話 二宮×榛名×有坂

「それにしても、昨日に引き続き今日も災難でしたね、榛名主任」    二宮はパソコンを閉じると椅子ごとくるりと身体をこちらに向けてそう言った。もちろん災難とは崎本のことだ。 「あ、アハハ……どうにも今の環境に慣れすぎてたみたいで……もっと発言には気をつけないといけないなって思いました」 榛名が有坂を可愛がるのは、T病院の透析室ではもはや日常茶飯事というか、見慣れた光景だ。  もちろん榛名は有坂だけでなく皆と仲がいいのだが、有坂が一番積極的に榛名に絡みに行くため、そういう構図になる。 新しく入った人が見たら、たしかに異様に感じるかもしれない。ただの上司と部下にしては、仲が良すぎるのではないかと―― 「主任だけが悪いんじゃありませんよ、私も反省しますぅ」 「有坂さんは、榛名主任大好きって気持ちが全然隠せてないですよね。まあ若葉さんや富永さんもだけど、あの人らはいい大人だからうまく隠してるというか……」 「堂島君も私と一緒で、主任大好きオーラは隠せて無いと思います!」 「たしかに……」 榛名は有坂と二宮の会話がなんだか恥ずかしくなってきて、いやいや、と否定した。 「堂島君が懐いているのは二宮さんでしょう? 最近先輩大好きオーラっていうか、先輩と仲良しアピールというか、そういうの凄く感じますけど」 「エッ……そうですか?」 二宮が目を丸くして榛名を見た。 「もしかして無自覚なんですか? 俺は二宮さんからも時々そういうの感じるんですけど……」 「えーっ私はそんなに感じませんよぉ。二宮さんは堂島君にとって一番尊敬する先輩って感じです。もちろん私にとっては榛名主任がそうですぅ」 「ありがとうね、有坂さん」 崎本に素っ気ない態度を取られるぶん、素直に慕ってくれる有坂が可愛く思える。 榛名の恋愛対象は男だから──というか霧咲だけだから、有坂を女として見ることは絶対にないのだけど、それを知らなければ確かにセクハラ上司に見えなくも無いかもしれない、と榛名はまた少し落ち込んだ。 同僚で榛名の性的趣向を知っているのは堂島と二宮だけ(だと思っている)なので、もしかすると態度には出さないが他にも崎本と同じように勘違いしている人間がいるかもしれない。 (やっぱり親しい人たちにはカミングアウトしておくべきなのかな) 特に榛名を慕ってくれている有坂、若葉、富永辺りだけでも──あと、何かあった時のためについでに師長にも──でも、若葉と富永は霧咲のファンでもあるので、榛名と霧咲が恋仲だと知ったら態度が変わるかもしれない。  そう思うと、やはり怖くて踏み切れない。 しかし透析室の看護師たちは大体全員が榛名と霧咲の関係を把握していて、そのうえ応援までしているのだけど、知らないのは榛名本人だけなのだった。 ♪~♪♪~~…… 「あ、平岡さん透析終わりましたね。回収してきますぅ」 透析終了を告げる音楽が鳴ったので有坂が回収に行き、カウンターは榛名と二宮の二人になった。 「そういえば榛名さん、引っ越したんですよね。どうですか新居は」 突然二宮が話題を変えたので榛名は驚いた。二宮は一応、榛名が霧咲のマンションに引っ越して一緒に住み始めたことは知っている。 「え、ええっと、住み心地いいですよ、部屋も前よりも広いですし」 何より霧咲がいるので……とは、関係を知られていても照れ屋な榛名には言えない。 「いいですね。俺もそろそろ引っ越そうと思ってまして」 「そうなんですね。 引っ越し作業頑張ってください……あ、手伝いがいるなら全然手伝いますよ」 「堂島をコキ使うんで大丈夫ですよ、ありがとうございます」 (やっぱり仲良しだな……二人ともそんなに気が合いそうなタイプじゃないのに、意外だなぁ) 二宮はその堂島と一緒に住む予定なのだが、同棲を始めたらそのタイミングで榛名にカミングアウトしようと勝手に思っている。堂島には相談していないが、相手が榛名なら大丈夫だろう。 「引っ越したら一度遊びに来てくださいよ」 「え……俺が行ってもいいんですか?」 「もちろん」 勿論その時は霧咲も一緒に招待するつもりだ。  霧咲は未だに二宮と堂島の関係を榛名に話していないようなので、榛名に同居人を紹介したときの顔を見るのが今から楽しみなのだった。 具体的に引越しの時期は決まっていないが、夏頃にでも── 「あ、回収鳴りましたね。行きます」 「じゃ、俺は片付けを」 榛名と二宮は同時に立ち上がった。
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