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全ての患者の透析が終わったが、終業時刻まであと30分程残っていたので、榛名たちは先に着替えを済ませて休憩室で時間を潰していた。
榛名はコーヒーを飲みながら、二宮にMEの新人について尋ねた。
「どうですか、MEの新人さんたちは」
「んー、まあ……良くも悪くもって感じですかね……」
二宮の口がなんとなく重いのは、二宮も榛名と同じように新人相手に苦労しているからだった。ただ、苦労の種類は違う。
二宮の担当新人は女性の方で、あまり相性が良くないらしかった。堂島は自分の担当の新人とはわりと気が合うらしく、楽しそうにしているのだが……
「お互い、大変ですね」
「まあ主任よりはマシかなって思いますけどね。俺の方は少し面倒くさいだけなんで……」
MEの新人女子の那須は、新人なのに堂々と遅刻はするし、指導中にメモ等を取らないらしい。
その理由は『二宮の説明が早くて書ききれない』との事だったので、ゆっくり説明したら今度は『メモ帳を忘れました』と言い訳をする。
その上二宮が少し厳しく指導するとすぐに涙目になり、『指導係は優しい堂島さんが良かった……』と二宮に直接言うのだとか。
「……それ、俺の方がマシだって、本気で思ってます?」
「まあ、年下なんで怖くは無いですよ」
どっちもどっちなのだが、榛名の場合は直接の指導係ではないのが救いだ。
「おふたりとも苦労されてますねぇ。那須ちゃんは普通に話すだけならいい子なんですけど、まだ学生の感覚が抜けてないって感じはしますぅ」
有坂が榛名と二宮を労るように言った。
榛名は有坂の教育係だったが、有坂が真面目かつ素直だったのでここまでいい関係を築けたのかもしれない。もし有坂が那須のような性格だったら、ここまで仲良くなれる自信ははっきり言って無い。
「まあ仕事ですからね、なんとかしますよ」
「……俺も頑張ります。一緒に頑張りましょう、二宮さん」
「はい」
「あっいいないいな、私も頑張りますぅ!」
「ふふ、有坂さんも一緒に頑張ろうね。……もう、元気になったかな?」
そういえば有坂は今日の仕事始め、すっかり気分が落ちていたのだ。
「崎本さんのことがあってからすっかり忘れてましたよぅ! ある意味崎本さんに感謝ですねっ」
「はは……」
そうは言うものの、なんだか空元気なような気もする。家に帰ったらまた思い出して、落ち込むのではないだろうか。
「あの、もし辛かったら電話とかしてもいいよ。話聞くから」
「ありがとうございます! でも大丈夫ですよ、今夜は若葉さんが来てくれますから。二人で朝まで女子会しますっ」
「そうなの?」
それなら榛名も安心だった。自分よりも若葉の方が有坂とは仲が良いし、榛名には出来ない話も沢山するだろう。
「本当に心配おかけしてすみませぇん」
「ううん、今日は頑張って夜勤に来てくれてありがとう、助かったよ」
「……つうか俺の勘ですけど、その元彼、絶対近いうちにヨリ戻そうって言ってくると思いますよ」
唐突に二宮が言った。
「えぇ!? どーしてですかぁ!?」
「よく聞く話っていうか……その幼なじみの女に計画的に托卵されてんじゃねぇかなって思うんで。産まれる前に一応DNA鑑定しとけって言ってみたらどうですか? あ、もし本当にそうだった場合彼とヨリ戻します?」
二宮がわりと突っ込んだ質問をするので、榛名は内心ハラハラしていた。
それに托卵ということがよくある話というのも驚いて――テレビで芸能人の托卵騒ぎがあるのは知っていたが――やはり女性は怖い、と思った。
「それは有り得ないです、簡単に浮気された時点で冷めましたから! 大体私が泣いたのは、そんな男と三年も付き合って時間を無駄にして悔しかったからなんですよ~! そのあとヤケになって泣ける映画を観たので、余計に目が腫れちゃいました」
「え、そうなの!? 彼のことが好きだったからショックで朝まで泣いてた、とかじゃないの!?」
榛名は、有坂も自分のように朝まで死ぬほど泣いたのだと思っていたので、大袈裟な程驚いてしまった。
「残念ですけど、私はそこまで純粋じゃありません……ゴメンナサイ。そこまで好きになれる相手だったら良かったんですが、そういう人とはなかなか出会えませんよぅ」
「そ、そうなんだ……」
当時の榛名の落ちた様子を知っている二宮は苦笑しており、榛名は途端に恥ずかしくなった。
「あ、時間過ぎてますね。――帰りますか」
「はい帰りましょう、帰りましょう」
「お疲れ様でしたぁ~!」
榛名が透析室の戸締りをして守衛室に鍵を返却したあと、三人はバラバラの方向に歩いて夜の病院を後にしたのだった。
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