第9話 榛名、亜衣乃の前でやらかす

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第9話 榛名、亜衣乃の前でやらかす

 榛名が家に着いたとき、もう23時を過ぎていたのでインターホンは押さずにそっとドアを開けた。  するとまた偶然玄関の近くにいたのか、霧咲が出迎えてくれた。 「おかえり、暁哉」 「誠人さん……まだ起きてたんですね、ただいま帰りました。わざわざ出迎えありがとうございます」 「そりゃ、もうすぐ君が帰ってくるのが分かってるのに先に寝るはずがないだろう? 本当は病院まで迎えに行きたかったぐらいだけど」 「そんな気を遣わなくても……疲れている時は俺のことは気にせずに、早めに寝てください。迎えも大丈夫ですから」 「つれないなぁ」 榛名は憮然とした顔でリビングに向かう霧咲の背中にそっと笑いかけたあと、「えいっ」と勢いよくその背中に抱きついた。 「わっ!?」 「拗ねないでくださいよ、出迎えはちゃんと嬉しいですから!」 ガチャッ 「アキちゃん、お帰りなさ──」 「「あ」」 タイミング良く、もうとっくに寝ていると思われていた亜衣乃が部屋から顔を出したので、榛名は霧咲に後ろから甘えている瞬間をばっちり見られてしまった。 「おっとゴメンナサーイ!」  亜衣乃は慌てて顔を引っ込めたが、その声にはうっすらと笑いが混じっていたので榛名はカアアア、と顔を真っ赤にした。 「亜衣乃……まだ起きてたのか?」 「だって明日は土曜日でお休みだもん、別にたまの夜更かしくらいいいじゃない。亜衣乃だってアキちゃんを待ってたの!」 「それならリビングで待っていればいいのに」 「まこおじさんが早く寝ろ寝ろってうるさいからでしょ?」 亜衣乃と霧咲が言い合いを始めたので榛名はさりげなく霧咲から離れたが、心中は(やってしまった……)とまた少し落ち込んだ。 「ほら、お前のせいで暁哉が消沈してるじゃないか」 「あ! アキちゃん、別に亜衣乃はなんとも思わないから気にしないで!? 堂々とまこおじさんと仲良くしていいよ!?」 「い、いや、俺の方がごめん……もう勘弁して……」  小学生の亜衣乃に慰められるというあまりの恥ずかしさに、他に言葉が出てこない。 「……そういえば、まさかとは思うが蓉子は昼間っからお前がいるときに彼氏を連れ込んでアレやコレやしていたんじゃないだろうな?」  あまり人のことは言えない霧咲が、ジト目で亜衣乃を見ながら訊いた。 「あれやこれって彼氏とラブラブすること? ……まあ、たまに。でもそういう時は亜衣乃も空気読んでお外に出てたよ」 「「……」」 亜衣乃の慣れた言い方に、二人はしばらく絶句してしまった。 *  榛名があまりにもいたたまれないという態度だったため、霧咲はとりあえず入浴を勧めて何か夜食を用意しておくよと言い、榛名はその言葉に甘えて風呂に入ることにしたのだった。  亜衣乃は結局部屋には戻らず、リビングで霧咲とともに榛名を待つことにした。なんとなく、もう少しお話したいなと思ったので。  そして榛名がいない間、霧咲は亜衣乃に話をした。 「あのな、亜衣乃……俺たちは恋人同士だけど、暁哉はすごく恥ずかしがり屋なんだ。分かるだろう? まだ小学生のおまえにあまり俺と仲良くしているところを見られたくないんだよ。今日のは仕方なかったというか、俺は別に全然構わないんだけど、暁哉からああやって甘えてくるのは貴重だし」 「まこおじさん、途中からノロケになってるよ?」  亜衣乃は冷静にツッコんだ。 「ああすまん。とにかく、ああいうときは見て見ぬふりをしてほしいというか……まあ、普段からよくやってくれてる方だとは思うんだが……」 「私ほど見て見ぬふりが上手な小学生はそうそういないと思うんだけど?」 「その通りなんだけどな……」  霧咲はなんて言ったらいいのか分からなくて頭を抱えた。  実際亜衣乃はよくやってくれているし、これ以上何かをお願いすることなどできない。 「そもそも、どうして二人が仲がいいところを亜衣乃が見たらいけないの? 両親が毎朝ラブラブでやんなっちゃう、とか言ってる同級生はわりといるよ。それとおんなじでしょ?」  亜衣乃は解せぬ、という表情で首を傾げた。 「だから、教育に悪いというか……」 「そんなの今更じゃない」 「そうなんだよな……」  半分しか血の繋がりのない同性カップル(しかも伯父)と暮らしている時点で、亜衣乃は普通の小学生とはかけ離れている。  だからと言ってグレるような荒んだ環境でもないし、何がいけないのだろうか。 「私、まこおじさんとアキちゃんが仲良しなところを見るとすごく安心するの。ママはしょっちゅう彼氏が変わってたから、次はどんな男の人を連れてくるんだろうっていう不安が常にあったもの」 「……ッ、そいつらに変なことされたりしなかっただろうな!?」  シングルマザーの彼氏に子どもが虐待されるニュースは珍しくないし、亜衣乃は美少女だ。いつそういう気を起こされてもおかしくなかった。 「んー、ママはロリコン男にだけは引っかからなかったから大丈夫だったよ。でも亜衣乃と仲良くなろうって魂胆が見え見えで気持ち悪い人は多かったから、家では絶対に二人にならなかったよ」 「よくやった、その判断は正しすぎるな」 「ちゃんと毎日ニュース見てるもの。あと、何か変なことされたら絶対まこおじさんに言うって決めてたから、そういうことを時々ママの彼氏との会話に混ぜたりしてたよ。ケンセイって言うの?」 「お前すごいな。さすがは俺の姪っ子だ」  霧咲は亜衣乃を褒めながら自画自賛した。 「だって私に何かあったら、ママはもうまこおじさんからお金貰えなくなっちゃうでしょ? そういう意味では守って貰えてたのかなーって」 「……」  淡々と話す亜衣乃は、まだ10歳だ。 「誰に通報されたのか分からないけど、児童相談所の人がうちに来たの、一度や二度じゃないんだから」 「そうだったのか……」  蓉子の彼氏のことも児童相談所のことも、霧咲は初耳だった。  蓉子は絶対にそういうことを霧咲に言わなかったし、亜衣乃も蓉子と引き離されるのが嫌だで言わなかったのだろう。
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