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第10話 二宮と堂島、車内で語る
「ハア……」
とある日勤の日、二宮は溜息とともに白煙を吐き出していた。
最近はもっぱら臭い煙を吐き出さない電子煙草ばかりを吸っているので、白煙といってもおなじみの水蒸気だが。
そのため、わざわざ私服に着替えてから病院から離れた喫煙所へ行くこともなく、車の中で休憩している。
――ついでに同じ煙草を吸っている、堂島も一緒に。
「二宮先輩、メンタルだいじょぶっすか?」
「別に平気だけど、なんつーかなァ……」
さきほど自分が担当している新人の那須にさめざめと泣かれながら、『指導担当は優しい堂島さんが良かった……』と言われたばかりだ。
二宮はそのまま何も言わずに、とりあえず技師長に報告して対応をバトンタッチし――那須本人にとってもその方がいいだろうと思い――昼休憩に入った。
事の発端は、二宮が指導しているときに那須が全くメモを取っておらず、何故メモを取らないのかと聞くと『説明が早すぎるのでメモを取っているとわけがわからなくなる』と返ってきた。
それなら最初からもう一度ゆっくり説明するからと二宮が譲歩すれば、那須は元々メモを持っていない、と言ったのだ。
物を忘れただけならば別に代わりの紙など透析室にいくらでもあるし、最初からメモを取る気がないだけだろう。
二宮は那須の新人らしからぬ態度に、少しイラッときたのだ。
「そんで先輩、何て言って泣かせたんですっけ?」
「溜め息混じりにやる気あるの? って言った。……いやでも、言うだろ。お前だって俺と同じ立場だったらそう言うだろ!」
「ははっ、俺だったらもっときつく言うかもしれません。仕事ナメてんの? とか。二宮先輩は優しッスねー」
二宮はへらへらと笑う堂島にムッとした顔で、「俺は優しい堂島さんが良かったって言われたんだが?」と返した。
「まあ俺の担当じゃないんで、今のところ優しくしてますケド」
「担当はいつでも変わってやるからな。はあ、なんで俺の担当が女なんだ……どう見てもお前の方が女の扱いは慣れてるだろうに」
「だからじゃないっすか?」
「あー……」
堂島は、一見女好きのチャラ男風に見られる。仕事ぶりは真面目だと定評はあるものの、新人の女の子の担当などしたらすぐに手を出すんじゃないか、と心配されていたのかもしれない。
一方二宮は真逆で、朴念仁の仕事人だと思われているので、そのあたりは信用されている。
「俺はどっちかっつーと年上好きだから、担当になったとしても新人の女なんかに手ぇ出すわけないっつの~!」
「つうかお前、俺のだしな」
二宮はポーカーフェイスを保ったまま、また白煙を吐き出した。
さらりと自分のものだと宣言された堂島は、真っ赤になって固まってしまった。が、すぐに我に返って突っ込んだ。
「いや、いやいやいや!! なんっっでそんな恥ずかしいセリフをそんな真顔で言えるんですかァ!?」
「俺は事実を言ったまでだ」
「それが恥ずかしいんですってばー!!」
「なんで?」
「な、なんでって……」
(マジでこの人、情緒死んでんのかよ!?)
真っ赤になって睨みつけてくる堂島の顔が面白くて、二宮は思わずぶはっと吹き出した。そしてそのまま、堂島の鼻をぎゅむっと摘まんだ。
「ふが!」
「ほんとはキスしてーけど、ココだと誰が見てるかわかんねぇからな。帰ってからする」
「……!」
昼の煙草休憩を車でしているのは、二宮たちだけはない。
「ま、お前が俺のモノだってことは俺だけが知ってればいいことだし。ところでお前の方はどうなんだ? 相川は」
「うーん、可もなく不可もなく……ちょっとうっかり者の片鱗は出てますけど、新人らしくていいんじゃないスかね。なんにせよバカ素直なんで、多分那須さんよりはやりやすいですよ」
「多分、じゃねぇよ」
「ははっ。つーかあいつ、那須さんのことカワイイカワイイって毎回うるせぇんですよね……面倒くさいことにならなきゃいいですけど」
「その那須は、密かにお前を狙ってんじゃねぇのか?」
「うわ、すでに面倒くさかった。まあ俺としては先輩に惚れられるより全然いいっす」
もし那須のタイプが二宮だったら、堂島はイライラして仕事中にミスを連発してしまうかもしれない。
二宮が那須に全く興味がない――というか、冷たい態度を取るのは(渋々だが)、那須には悪いが堂島には安心材料なのだ。
それに、別に那須から直接アプローチされたわけでもない。
「おまえな……俺が妬かねぇとでも?」
「えっ、二宮先輩妬いてくれるんスか!?」
「妬くかよ、あんな小娘に」
「じゃあさっきの言葉は何なんっすか!?」
やいのやいのとじゃれあいながら喋っていると、あっという間に休憩時間も残り10分ほどだ。
煙草は吸い終わったので、あとは休憩室でおやつでも食べながら適当に時間を潰すことにしている。
「よし、じゃあ行くか」
「ッス」
「あ、堂島。今日の帰りうちに来いよ。明日は休みだろ?」
「え? あ……ハイ」
二宮が堂島を家に誘うときは、帰りは外食してそのままお泊りコースになる。
なので泊まりはどちらも休みの前日か、もしくは夜勤の前ということだ。
(ってことは、今夜……)
「抱くからな」
二宮は車を出る瞬間、堂島の考えを見透かしたようにニヤリとイジワルな笑みを浮かべてそう言った。
「ッ!? だから情緒……!」
(つーか仕事まだ半日残ってんのに、ンなこと言うなっつうの!! 今から夜のことばっか考えちまうじゃねーかよっ!!)
午後からは回収作業で一番忙しい時間帯だというのに、ヘタなミスをしたらどうしてくれるのだ……
――という心配はしていても、実際にはミスしたことはないのだが。
「あ、今後の那須への対応考えてなかった」
「とりあえずあっちが先に謝ってくるのを待てばいいんじゃないッスか? どうせ技士長にも怒られてるっしょ、先輩の方から動く必要ないですよ」
「そっか、そうする」
堂島の言ったとおり、那須は技士長にもやんわりと態度を注意されたようで、休憩室で顔を合わすなり『二宮さん、さっきはすみませんでした。
ちゃんとメモも取るので、またご指導お願いします……』と、半分ふて腐れたような顔で謝ってきた。
あまり誠意の感じられない謝罪に二宮は再び盛大な溜め息をつきたかったが、休憩室には他の同僚もいるし――榛名や有坂に目で同情されていた――大人なので、それをグッと飲み込んだ。
「俺も冷たく言って悪かった。説明が聞き取れなかったところがあったら、いつでも聞いていいから。俺に聞きにくかったら、堂島でも大森さんでも技士長でもいいし……」
と、何でもない風を装って返した。
すると那須は少し安心したような顔で「ハイ!」と明るく返事をした。
担当指導者から許可が出たことで、堂々と他のMEに質問していいという大義名分が出来て嬉しいのだろう。
別に二宮は、那須が自分以外のMEに指導されたとて全く気にしないのだが……
(やっぱ新人指導、大森さんに替えてもらうかな。あの人は妻子持ちだし、ぽっちゃりしてて威圧感ないし……)
分かりやすく二宮を拒否する那須の態度にほんの少しだけ傷付き、そんなことを思ったのだった。
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