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「──つまり、ええと、昔の知り合いで一度ヤッた人から、もう一度抱いて欲しいと言われた……?」
「そうだよ」
ことの顛末を聞いた堂島は、拍子抜けしたように目を丸くしている。
「抱いてないんですか!?」
「抱いてねぇよ! 大体ヤッたのは学生の時の話だし、あっちはもう妻子持ちなんだぞ、不倫なんか俺がすると思うか!?」
「それは、説得力ありすぎますね……」
「だろ?」
二宮は少し鼻息荒めのドヤ顔をした。
「てゆーか先輩、男は俺が初めてじゃなかったんですね」
「……………そうだ」
しかし全く覚えてなかったのだから、1回目にカウントされるのもなんだか複雑だ。
ちなみに初めて堂島を抱いたこともよく覚えていないから、実際はあのラブホテルでの一件が初めてといえば初めてだ。
「なーんだ、浮気してないじゃないですか」
「だからそう言ってんじゃねぇか。それに大学時代のことなんてお前には関係ないから、言う必要ないって思ってたし……。お前意外とヤキモチ焼きだから、変に気にさせたくなかった」
「ちょ、なんすかヤキモチ焼きって! 俺を可愛いキャラにしないでくださいよ!!」
「なんでだよ、可愛いとか関係なくお前がヤキモチ焼きなのは事実だろうが」
「うわーキモい、やだぁ──」
「何がだよ」
堂島の悪態は単なる照れ隠しだ。二宮はそれを分かっているので、あまりしつこくは言わない。
「……んで、もう解決したんですよね?」
「まあな」
「どうやって? 抱いたんですか?」
「抱いてねぇっ! 普通に話し合いだよ、そいつと奥さんと三人でな」
「なんすか、その超楽しそうなド修羅場は。俺も呼んで欲しかったっす」
「楽しくねぇっての。つーか話が拗れたら普通にお前を召喚する気だったぞ」
そういう事態にはならなかったが、二宮は本当にあのとき堂島を同席させようと思っていたのだ。
「え、拗れなかったんですか!? 嫁と旦那と間男が三人揃ってるのに!?」
「俺を間男にするな……」
もうツッコミ疲れていたが、堂島に心配かけていたのは事実なので、二宮は根気強く付き合った。
「つうか奥さん、旦那の浮気を容認するとか心が広すぎるでしょ」
「俺は浮気相手として容認されてねぇ。恋人がいることは事前に伝えてたから、夫が迷惑掛けてすみませんでしたって普通に謝られたぞ」
「そ、そーなん……ですか?」
堂島は少し顔を赤くして、満更でもない表情をした。
二宮がはっきりと自分の存在を相手方に伝えていたことがわりと──いや、かなり嬉しかったらしい。
「大体それが言い寄られたキッカケなんだよ。俺がお前と付き合ってることをあいつにノロけたから」
「え、ええ~……?」
「嬉しそうじゃねぇか」
「べ、別に!? 全然嬉しくなんか無いっすけど!?」
「お前、かわいいな……」
「真顔で言うのやめてクダサイ」
二宮は堂島が呼吸を整えたあと、再び話し始めた。
「……奥さんは、セックスは好きじゃないけど旦那のことは好きなんだとさ。だから離婚はしねぇんだと。旦那がゲイで男しか愛せないことも理解したから、これからは友人として接していくらしい」
「え……それって、辛くないんですかね」
「さあ。夫婦のことだからな、外野にはそれ以上のことは分からねぇよ」
「そっか……それもそうですね」
どうやら堂島の機嫌も治り、誤解は完全に解けたようで二宮はホッとした。
「こういうケースもあるって分かったから、俺も自身の後悔を吹っ切れたんだ。今は俺も母親も弟も幸せにやってるからな、結局なるようになるっつーか……」
「てゆーか二宮先輩、この程度のことをなんであんなに言いにくそうにしてたんスか? 結局何もしてねーんだから隠すことねぇのに……。変に隠す方が怪しいッスよ」
堂島は自分がわりとヤキモチ焼きなことは山本との一件で理解しているが、こうやって二宮が真摯に話してくれればそれ以上の嫉妬はしない。
「あー……実はこの話を相談した人がいてさ、その人にお前と付き合ってることも暴露しちまったからなんか言い出しにくくて」
「はぁ!? だっ、だっ、誰に!? も、もしかして榛……」
「霧咲先生」
「霧咲先生ぇえ!?!?」
青天の霹靂だった。勿論霧咲はここ最近も変わらずT病院に助っ人に来ていて、確かに以前に比べたら話しかけられるようになったな、と思っていた。
前に榛名に手を出しかけた腹いせ(?)で、話しかけられるどころか遠くから睨まれたりしていたのに……
(なんっか最近生ぬるい目で見てくんなぁと思ったら、そういうことかよ!!)
「ま、まさか榛名君にも伝わってるんじゃないでしょうね!?」
「それはねぇだろ。霧咲先生は意外と──つったら失礼か。医者だし、普通に口硬いぞ。榛名さんにはいつかサプライズ……いやドッキリ掛けたいからお前もまだ言うなよ」
「なんっで榛名君へのカミングアウトがそんなウキウキするような行事になってるんすかぁ!?」
まさか自分たちが付き合っていることが知り合いにバレていたなんて恥ずかしすぎる。
しかもその相手は苦手な霧咲。
(でも……)
「ま、俺はいつでも誰にでもバレていいと思ってるんだけどな。つうか恋人がいるのは全然隠してねぇし」
付き合い初めの頃、二宮が何もしてくれない、と悩んでいる時期があった。
結局それは堂島を大事にしたいからという理由だったので、手を出して欲しいと自らねだればすぐにシてくれたけど。
(自分たち以外の誰にも知られたくないと思われてるって、思ってたのに)
「俺だって……仲の良い人たちにだったら、バレてもいいと思ってますよ」
「職場には?」
「霧咲先生と榛名君だけっ! 他のナースとかは対応が面倒くさすぎる!!」
「まあな」
(二宮先輩は、俺との関係が周囲にバレても特になんとも思わないんだな)
「……なんかお前、さっきから妙に嬉しそうなんだけど」
「き、気の所為じゃないですか?」
「朝メシ食い終わったら1回だけヤる?」
「ヤんねぇよ! アンタ絶対1回じゃ終わんねぇだろーが!!」
「バレたか」
(……嬉しい)
堂島は自分が喜んでいることをなんとか二宮に悟られないように、既にぬるくなったコーヒーをグイッと飲み干した。
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