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第14話 水族館にて
日曜日。
榛名は普段よりも早起きをして、出掛ける準備を始めた。霧咲と亜衣乃の三人で遊びに行くのは箱根旅行以来で、日帰りだがワクワクする。
「おはよ、アキちゃんっ」
「おはよう、亜衣乃ちゃん。相変わらず朝が早いね」
「えへへ、アキちゃんが起きる30分前には起きてたよ!」
榛名が顔を洗った直後、後ろから顔を覗かせた亜衣乃は既に着替えており、出掛ける準備は万端だった。ちなみに霧咲はまだ寝ている。
「亜衣乃、まこおじさん起こしてくる!」
「じゃあ俺は朝ご飯作っとくね」
「はーい!」
家を出るのは9時過ぎの予定で、今はまだ7時を回ったばかりなのだが、亜衣乃は榛名以上に今日のお出掛けを楽しみにしていたようだ。
霧咲は最近元気のない榛名のために今日の予定を立てたとのことだったが、榛名はまだ幼い亜衣乃が一番楽しめるように、今日一日精いっぱい心を尽くそう、と思った。
*
「アキちゃん、まこおじさん、早くーっ!」
「ま、待ってよ亜衣乃ちゃん……! はは、なんか懐かしいな、この感じ」
「亜衣乃、水族館は逃げないからもう少しゆっくり歩いてくれないか?」
「もーっ! 早く行きたいのにぃ!」
電車とバスを乗り継いで目的地へと着いた。
亜衣乃は水族館が見えた瞬間から、お気に入りのワンピースの裾をひるがえしながら年相応にはしゃいでいる。
親の欲目ではないが、その姿を榛名はとても可愛いと思った。
「亜衣乃が嬉しそうだと、君も嬉しそうだよね」
亜衣乃がはしゃいでいる姿を見て、菩薩のように微笑んでいる榛名に霧咲がぽつりと言った。
「え、そうですか? でも誠人さんも同じですよね?」
「俺は、君が嬉しいと嬉しいよ」
「えーじゃあ、亜衣乃ちゃんが嬉しいと俺が嬉しくて、俺が嬉しいと誠人さんが嬉しいってこと? いい連鎖反応じゃないですか」
「俺が嬉しくても亜衣乃は別に嬉しくないだろう」
「もー、俺が嬉しいですからっ」
口元をへの字にして謎に拗ねている霧咲を、榛名は慌てて宥めた。
そしてそんな大人二人を、遠くから亜衣乃が『またやってる』と楽しそうに眺めているのだった。
「そういえば亜衣乃ちゃん、水族館に来るのはいつぶりなの?」
早めに出発したので、開いたばかりの水族館はまだ客足が少ない。
まずは外にある券売機で入場券を買い求めながら、榛名は何気なく亜衣に質問した。
「えーと……4年ぶりくらいかなぁ? ねぇ、まこおじさん」
「そうだな、もうそのくらいになるか。俺には昨日みたいな感覚だけど、たしか小学校の入学祝いで連れて行った以来だ」
「ええっ! かなり久しぶりじゃないですか!! 遠足で行く機会とかなかったの?」
「遠足は嫌いだから、いつもお休みしてたの」
「ええ!?」
亜衣乃は同年代の友達を作るのが苦手なため、無理矢理グループを組まされたりする行事が嫌いだった。(でも自由行動はもっと嫌だが)
たとえば最初から二人組を指定されていても、相手が『他の子のところ行く~』などと勝手な行動をした場合、結局一人になるのがこの上なく不快だった。
しかし遠足に行きたくない一番の理由は、母親にお弁当を作って貰えないことだ。
スーパーで冷凍食品や惣菜を買って自分で用意することはできたが、わざわざそんなものを持って特に仲がいいわけでもない級友とそれを食べなければならないのは、亜衣乃には拷問に等しかった。
だから上級生に面倒を見てもらえる小1、小2の頃はともかく、小3、小4では一度も遠足に行かなかったのだ。
「……」
榛名は亜衣乃の冷めた表情でなんとなく事情を察した。
そして悲しい顔をさせてしまったことを少し後悔して、亜衣乃の左手をそっと握りしめた。
「アキちゃん?」
「あのね、もし今までの遠足で本当は行ってみたかったところがあったら、俺と誠人さんが一緒に行くから言ってね?」
「……うん」
「それじゃ、入場券も買ったし並ぶか」
黙って二人の会話を聞いていた霧咲が、いつの間にか購入していた入場券をぴらりと見せながら言った。
「「はーい!」」
*
「アキちゃん見て! めちゃくちゃおっきなお魚がいるよ!!」
「ナポレオンフィッシュだね、綺麗だし面白い顔してるから、俺は結構好きなんだ」
「じゃあ、亜衣乃も今日から好きになる!」
「ふふっ」
無邪気な言動が可愛くて、榛名は思わず亜衣乃の頭を優しく撫でた。
亜衣乃は今まで思い切り大人に甘えられなかったせいか、子ども扱いされてもあまり怒らない。特に榛名が相手だとわざと子どもらしくふるまい、子ども扱いされるのを喜んでさえいる。
そんな姪の本性(?)を知ってる霧咲は、亜衣乃が猫を被っている様子を見て安心したりむず痒くなったりと、複雑な気分だ。
亜衣乃が成長して、榛名に懸想しなければいいが……と、時々本気で心配になる。勿論、姪が相手だろうと負ける気は微塵もないが。
「まこおじさん! チンアナゴ可愛いよ、こっち来て一緒に見てよぉ!」
「う、なんだこの珍妙な魚は。前にも見たんだろうけど全然覚えてないな」
「俺、チンアナゴも好きです。可愛くて癒されますよね」
「癒される……?」
「うんうん、可愛い! 亜衣乃もこれ好き~~!」
霧咲は首を捻りながら魚を鑑賞していたが、榛名と亜衣乃が楽しそうにしているのでまあいいか、と二人の方を見て微笑んだ。
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