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すると。
「お兄ちゃん、チンアナゴ可愛いね~!」
「んん、可愛いっちゃ可愛いか……? ニョロニョロしてんな」
「こんな魚よりお前たちの方が断然可愛いぞ、理音、花音!」
「俺たちと魚を比べんじゃねーよ」
隣で同じ水槽を見ていた家族連れ(?)の会話が面白くて、榛名はつい噴き出してしまった。
すると、その家族連れの1人と目が合った。
高校生くらいのとても綺麗な顔をした青年で、猫のような大きな目を更に大きくしたので、榛名は反射的に謝った。
「あ、笑っちゃってすみません。つい会話が面白くて」
「いえ、お気になさらず……。おいっ、お前のせいで笑われちまったじゃねーか昂平!」
「俺は事実を述べただけだ」
親子連れかと思ったが、もう一人の青年も綺麗な顔をした彼と同じくらいの年だった。砕けた口調からして、きっと友達だろう。
(家族連れじゃなくて、友達同士だったのか)
学生時代、仲の良い同性の友人がほとんどいなかった榛名の目には、彼らの姿が眩しく――少し新鮮に映った。
「もお、コーヘイ君ってば。お兄ちゃんもツッコミが大きいんだから」
「え、俺も悪いのか!?」
二人の間には、小学生の少女がまるで二人の保護者のように恥ずかしそうな顔をしている。
ちょうど亜衣乃と同じような年頃で、この年頃の女の子って大人っぽい子が多いなぁ、と榛名が呑気なことを思っていた、そのとき。
「……霧咲、さん?」
その少女がこっち――というか亜衣乃を見てぽつりとそう言った。その声に榛名と霧咲が反応するよりも早く、亜衣乃が反応した。
「猫田さん!?」
どうやら同じ年頃の二人は、偶然にも知り合いだったらしい。こっちの保護者もだが、青年たち――あちらの保護者も驚いている。
互いの名前を呼びあった少女二人はそのまま固まってしまったので、榛名はそっと亜衣乃に尋ねた。
「亜衣乃ちゃん、お友達?」
「あ、お友達っていうか……うん、そう! 友達! 同じクラスなの」
「えっ?」
向こうの少女が吃驚した顔をした。
その反応は友達ではないのではないか? と思榛名は思ったが、亜衣乃は榛名と同級生の少女――猫田花音のリアクションを無視し、捲し立てるように喋った。
「猫田さ……じゃなくて花音ちゃん! 今日はお兄ちゃんたちと来てるの? いいわね! 私は伯父とそのパートナーのアキちゃんと来てるの」
「え、あ、そうなんだ? ぱ、ぱーとなーって……?」
亜衣乃の流れるようなカミングアウトに、その場の全員が口を開けてあっけに取られている。
「そうだ! ねえ花音ちゃん、せっかくだから今から一緒に回らない? いいでしょう? アキちゃん、仲良しのお友達なの」
「も、勿論いいよ。お友達と一緒の方が亜衣乃ちゃんも楽しいだろうし……ご迷惑でなければ」
何故亜衣乃は伯父である霧咲ではなく、自分に許可を求めるのか少し気になったが、亜衣乃はそんなことを気にする暇も榛名に与えない。
先程の急すぎるカミングアウトも気になって、頭が回らない。
「私も別に構わない……けど。行ってもいい? お兄ちゃん」
「お、おお」
「理音には俺が付いてるから安心しろ、カノン!」
「お前、何ポジなん?」
「やったぁ! じゃあ私達、巨大水槽を見に行って来まーす!」
亜衣乃はそう言うと、花音の手を取って館内を颯爽と走り出した。
「あ、亜衣乃ちゃん!? 走ったら危ないよ!」
「亜衣乃、勝手に外には出るなよ! 迷子になったら売店で待て! いいな!」
「もう、まこおじさんったら! 私スマホ持ってるわよ!」
「あ、そうだったな」
慌てて霧咲が亜衣乃の背中に向かって叫んだが、無用の心配だったらしい。
たとえ迷子になったところで、このしっかりしすぎている姪が慌てふためいて大人に保護されるという画も視えないのに、何故あんなことを叫んでしまったのだろう……と霧咲は暫し自問自答したが、榛名にぽん、と背中を叩かれてニコッと微笑まれた。
「大事なことですよ。スマホ持ってても」
「……そうだよな」
何せこんな状況が初めてなものだから、霧咲も榛名同様にテンパっていたらしい。
そしてその場に残された大人四人(内、高校生二人)はとりあえず互いにペコリと頭を下げ、改めて挨拶するのだった。
*
亜衣乃は宣言通り巨大水槽の着くと、花音の手を離した。
「ふうっ。突然ごめんね猫田さん。大丈夫だった?」
「あ……うん。びっくりしたけど、全然大丈夫だよ」
教室ではほとんど話したことのない亜衣乃に突然『花音ちゃん』と呼ばれて花音は心底吃驚したのだが、また『猫田さん』呼びに戻ったのは少しがっかりした。
「私、伯父さんたちに同級生の友達がいないって思われてるから……まあ、それは事実なんだけど。ちょっと見栄張ったっていうか、安心させてあげたかったの。勝手なこと言ってごめんね」
「そ、そうなんだ……」
それなら本当に自分とお友達になってくれたらいいのに、と花音は思った。
しかし自分は新菜のグループに入っているし、亜衣乃との共通点など何も思い浮かばない。
(それに霧咲さん、本当は友達なんて要らないんだろうな……)
教室での態度を鑑みて、亜衣乃は友達がいないのではなくて、敢えて作らないようにしてるのだと花音は思っていた。
そんな亜衣乃に、自分から『本当に友達になろう』なんてことはとても言えない。
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