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霧咲は好物の刺身を食べながら、何気なく二宮に話題を振った。
「そういえば二宮さん、引越しは無事に済んだんですか?」
「!?」
榛名は二宮が最近引越しをしたことなど知らなかったし、しかも本人の口からではなく霧咲からその情報が出てきたことに吃驚した。
思わず片手で持っていた、半分以上ビールの入ったグラスを落としそうになり、慌てて両手で持ちなおす。
「あ、ハイ。お陰様で。良かったら是非今度新居に遊びに来てください」
「!?」
二宮の社交辞令にも聞こえない返事に、榛名は更に驚愕した。『自宅に遊びに来てくれ』だなんて、二宮とはそれなりに関係を築いており、自分では仲が良いんじゃないかと思っていた榛名ですら言われたことがないのに。
(え……!? 本当にこの二人、どういう関係なんだ……!?)
二宮は、榛名と霧咲の関係を知っている数少ない(と榛名は思っている)人物だ。知っているうえに、男同士の不毛な関係を応援までしてくれている。
榛名は詳しく聞いた事はないが、二宮には恋人がいるらしいことは知っている。
だから二宮だけは霧咲とどうかなるなんて有り得ないと思っていたが、もしかして、自分の知らぬところで……
「あ、もちろん榛名主任も来てくださいね? 俺と霧咲先生だけなんて場が持ちませんから」
「え!?」
「ハハハ、酷いな二宮さん。こんなに盛り上がってるのに~」
「榛名主任が間にいるからでは?」
「ちょ、ちょ、ちょ、待って! 待ってください! あ、あの、おふたり本当は仲良しですよね!?」
さっきは二人して『普通だ』と言われたが、もう一度聞かないと気が済まない。思いのほか榛名の声は大きかったようで。スタッフ全員が会話をぴたっと止めて、榛名たち三人を注視した。
「あ、大きい声出してすいません……」
「「普通ですよ?」」
再び、二宮と霧咲二人揃ってニッコリと悪い笑顔で言われた。
(め、めちゃくちゃ仲良しだ……っていうか、二宮さんってこんな性格だったのか!? 腹黒っていうかイジワルっていうか、似たもの同士……!)
これはもう、帰ったら霧咲にいつの間に二宮とこんなに仲良くなったのかを問い詰める必要があるだろう。
今日はセーブして飲む、と決めていたけど榛名はやけくそとばかりにグラスの中のビールを再度一気飲みしたのだった。
*
一時間ほどが経過し、ほとんどのスタッフが最初の位置とはバラけて飲んでいた。榛名は有坂や若葉など部下と盛り上がり、二宮は堂島や大森などME仲間と集まって大人しく飲んでいる。
霧咲は看護師長の近藤やMEの技士長、医師の奥本と談笑していた。
MEの中に混ざって飲んでいた那須は、今がチャンスかもしれない、と思って立ち上がった。
「あれぇ、那須さんどこ行くの~? トイレ?」
「馬鹿! おまえデリカシーねぇな相川ッ」
「いてて、すいません~」
急に立ち上がった那須を相川が止めて、そんな相川を堂島が説教している。那須はやれやれという顔をして、
「トイレじゃないです。ちょっと看護師さんたちに混ぜてもらってきます、女同士の話がしたいので……」
「榛名君は男だけどね~」
しかし那須はその榛名に用があるので、堂島のその言葉は無視してナースたちが固まっているテーブルへと向かった。
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