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第2話 バー『ローズ』にて
榛名がその二人組に着いて行った理由は他にもある。
その二人が男女のカップルだったとしたら、今から向かうバーはカップルが多い可能性がある。一人客がカップルだらけの店で飲むなど拷問に等しい。
しかし男性二人組が気軽に入る店ならば、一人で飲んでいてもそう目立たないだろう。やや小心者の榛名は、そこまで考えてその二人組について行ったのだった。
電車に乗り、駅から少々歩き、とある小奇麗なビルに二人が入って行くのを見届ける。なんだか気分は探偵のようだ。
榛名もそのビルに入り、突き当りのエレベーターに乗り込んだ。先に彼らが乗ったエレベーターは三階で止まっていたため、目指すバーは三階にあるのだと確信して3階行きのボタンを押した。その店は、エレベーターを出てすぐのところにあった。
『une roue de roses』
(うーん、読めない……)
この際、店の名前はいいか。誰に教えるわけでもないし……。
そう思って、榛名は少し緊張しながら目の前の重厚なドアをそっと開けた。
中はやや暗めで、BGMはゆったりとしたジャズが流れている。カウンター席は10席ほどで、【予約席】というプレートが置かれたテーブル席がひとつ。
カウンターの背面には大きな水槽があり、熱帯魚が優雅に泳いでいた。
榛名の予想以上にお洒落なお店だった。本当にドラマに出てくるような雰囲気の――。
カウンターの中ではマスターがひとり、静かにグラスを磨いている。
榛名の姿を認めると、柔和に笑って「いらっしゃいませ」と言った。
ふと、前を歩いていた男が言っていた『すごい美人なマスターがいる』という言葉を思い出した。マスターは色白で飴色の髪をしており、顔の造形も整っている。
確かに『美人』という表現がとてもしっくりくるな、と榛名も思った。
その優しげな笑みにホッとしながら、榛名は入り口近くのカウンター席に座った。なんとなく奥の方には行きづらかった。
榛名の二つ向こうの席には、男が一人で座っている。先ほどの二人組は、一番奥のカウンター席に座っていた。
(常連さんかな? なんだか飲み方がこなれてるなぁ……)
榛名は二つ向こうの席に座っている男をこっそりと盗み見て、そう思った。
(ていうかこの店、男ばっかりだな……?)
ぐるりと店内を見渡してそう思ったが、すぐに『マスターが美人だから、彼女や奥さんを連れていけないんだろうな』という考えが浮かび、それ以上は疑問には思わなかった。
キャバ嬢やスナックのママに会いに行くよりもよっぽど健全だ、と一人で納得しながら。
「お客様、メニューをどうぞ」
「あ、どうも……」
カウンターからおしぼりとメニューを渡されたので、覚束ない手付きで受け取りメニュー表を開いた。しかし。
(……何を頼んでいいのか、さっぱりわからない!)
メニューの大半を占めていたのはカクテルだった。榛名は普段、ビールしか飲まない。(特別ビールが好きというわけではないのだが、お酒といえばビール、という概念があった)
カクテルという飲み物もビールが苦手な女の子が飲むものだと思っていたため、名前も種類もどういう味なのかもほぼ分からなかった。
バーだからといって無理にカクテルを頼まなくても良いのだが、せっかく来たのだし、雰囲気を味わうためにカクテルが飲みたい。
(うーん、涙を忘れさせてくれるカクテルをください、とか言ったら笑われるかな。そもそも泣いてないしなぁ~……)
目が滑るようなカクテルの名前の羅列を目にして、榛名はますます考え込んでしまった。
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