第5話 一夜のあやまち *

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第5話 一夜のあやまち *

 酒のせいだ。これは全部、酒のせい。 「あぁっ! あ、あぁっ……んン……ッ!」 「ねえアキ君、きみ本当に男は初めてなの? 信じられないな……ッ!」  榛名の喘ぎ声に煽られて猛った霧咲の肉棒が、榛名のナカを何度も穿っている。  榛名は『今まであまり得意でなかった』この行為にろくな抵抗もせず、素直に声をあげて感じていた。 「は、初めてですっ……あっ、そこ、そこきもちいいー……! ぁあっ!」  酒のせい、あるいは霧咲の美貌と、耳元で妖しく囁く声のせいだ。  部屋に連れ込まれるなりドアに押しつけられ、食い荒らされるような激しいキスを何度もされた。  シャツの中に手を入れられ、肌を直接弄られながら耳元で『可愛い』『キミを抱きたい』『いい?』と低くてイイ声で何度も囁かれて、酔っていたとはいえ榛名には抵抗する意思が微塵もなかった。  霧咲の手は不思議とどこを触られても気持ち良くて、後ろに指を入れられたときに若干痛みを感じたものの、耳元で『力を抜いて……』『そう、上手だよ。アキ君はいい子だね』などと褒められると嬉しくて仕方がなくて、言われるままに霧咲に身を委ね続けた結果――榛名は霧咲の剛直をその身に受け入れていたのだった。  部屋に入って数時間が経った今は、もっとたくさん突いて欲しいと自分から腰を振って、霧咲を求めていた。  男と交わるなど、今夜が初めてなのに。 「だめっ……あっ、そこだめぇ! またイく、イッちゃうからぁ……!」  四つん這いで尻だけを高く上げた体勢で、特に感じる箇所をゴリゴリと硬い肉棒で抉られてよがり声を上げた。  既に何度も絶頂を迎えていた榛名は、もう更なる快楽を求めることしか頭になかった。 「ここ? ここがイイの? 可愛いアキ君──アキ、沢山イって……!」 「あっ、やぁ、あっ、ああっ、きりさきさぁん!」  今まで誰にも呼ばれたことのないあだ名で呼ばれ、それもまた非日常的で榛名を興奮させていた。  非日常。  そう、あまりにも非日常なのだ。  職場では品行方正な顔をして、部下と患者には少し厳しい自分。  『榛名君はちゃんと遊んでるの~?』と看護師長に心配される自分。  『マジメすぎてつまらないの』と前の彼女に言われた自分。  母親に早く結婚しろとしつこく迫られ、方言丸出しで言い返す自分。  だけど今は、どの自分でもない。  誰も知らない。  自分でさえも知らなかった。  こんな自分がいたなんて――……。 「あっ、そこ、そこいいっ!」 「ココ? 素直にイイトコロが言えてえらいね、アキ。素直な子は好きだよ。で、ココをどうしてほしいの?」 「あっもっと! もっとごりごりって突いてほしい……!」 「っ、本当に君は最高だな……ッ!」  榛名の友人は女性が多い。そしてその大半は看護学生時代の友人たちだ。  女性だらけの環境に自ら身を置いたのは、また『男子が好きなんじゃないか』と周りから誤解されるのが恐かったからか。  それとも、自分がまた男を好きになるのが恐かったからなのか。  多分、両方だ。  榛名は積極的ではないがセックスの経験はある。けれど、今まで経験したセックスの中でこんなにも感じたことは一度もない。  酔っぱらって、行きずりの女とセックスしたこともない。 榛名は酔ったらするどころか、全く勃たなくなるからだ。それも歴代の彼女にフラれた原因の一つであった。  それなのに。 「はぁっ、もっと……もっと奥突いて、きりさきさ……あ、あん、あぁっ!」  いまは霧咲に全身をくまなく愛撫され、痛いくらいに反応している。  今まで酒を言い訳にして彼女とのセックスを無意識に拒否していたんじゃないかと思うくらい、信じられないことだった。  綺麗なお酒を飲んで、脳が痺れるようなセックスをされて──自分がこんな乱れ方をするなんて、榛名は今の今まで知らなかったのだから。  もっとも今までは『する方』だったから、当たり前なのだが。 「はあ……アキ。もう君を離したくないな……!」 「あっ、はなさないで、もっとシて、さわってぇ」 「ああ、何度でもシてあげるよ」  本名かどうかも分からない、たった数時間を共にしただけのこの男に自分でも知らなかった場所を触られて、暴かれて、狂いそうなほどに感じさせられている。  肌や粘膜を擦り合わせながら、今まで誰も入ったことのない自分の体内に知らない男の存在がある。  そう思うと、なぜかたまらない気持ちになった。恥ずかしいことなど何もない。  この男に自分のすべてを見てほしい、と思った。 「アキ、気持ちいい? 俺のイイ?」 「イイっ! すっごい、きもちいい……!」 「じゃあ……好き?」  『好き』……?  考えるまでもなく、榛名は霧咲の背中に手を回して縋りつきながら叫んだ。 「うん、すきっ! おれ、きりさきさんが好き……っ!」  恥も外聞もなくそう叫んだ瞬間、榛名は何かが満たされた気がした。それは榛名の中で枯渇しきっている、頭か心の、どこか深い部分だった。 「あぁ……アキ、可愛い! 俺も君のことが好きだ!」 「アンッ、ぁ、霧咲さぁん……好き、好き、もっと欲しい……!」  全部、酒のせい。  これは一夜だけの夢だ。朝になれば、全部終わっている。そうしたらもう二度と、彼と会うことはないのだ。  何度目かの絶頂を迎えたあと、榛名は淀んだ澱の中に沈むように意識を飛ばした。 「ん……」  ここは、どこだろう。  肌触りだけで、自分の肌に触れているのは自分の使っている寝具ではないと分かった。それと、ちっとも生活感のない匂い。  目を開けた榛名の目に最初に飛び込んできたのは、自分の部屋には決して存在しないお洒落な間接照明と見覚えのない天井だった。そして、昨夜のことをすべて思い出した。 「痛っ!」  頭が痛い。昨日、飲みなれていないカクテルをガンガン飲みまくったせいだ。多少水は飲んだ覚えがあるが、全然足りずに咽喉がカラカラだった。  それに、腰も痛い。痛いというか、重い。昨日初めて男のモノを受け入れた場所も、少しズキズキして痛かった。  周りを見渡してみたが、誰もいない。じっと耳を澄ませてみても、物音ひとつしない。つまり今この部屋にいるのは、榛名一人だけだった。  あの男──霧咲は、先に帰ったのだろうか。 (本当に一晩の夢だったな……あんなにお互い好きって言ったのに)  何故自分は少し落ち込んでいるのだろう。  あんなやり取り、その場を盛り上げるための勢いというか、少なくとも霧咲のほうは、ただのリップサービスだろう。  そんなことは分かっているのに。 (でも酔わせてホテルに連れ込むって、冷静に考えるとヤバい人だったのでは……)  しかし酒に酔っていたとはいえ、榛名は自分から霧咲に着いて行ったのだ。  本気で嫌だったのなら、ホテルに入る前でも入ってからでも、霧咲を振り切って逃げることはいつでもできた。  けど榛名はそうしなかった。それはやはり、心のどこかで霧咲に抱かれてみたいという好奇心があったからだ。  何も考えずに、もう二度と会わない相手と欲望のままに熱い一夜を過ごす。そんな危険な体験を、人生で一度だけでいいから経験してみたかった。勿論同性を相手に、とは考えていなかったが。 「俺って案外、エロかったんだなぁー……」  榛名はそう独りごちて、苦笑した。そして、ミネラルウォーターと共にサイドテーブルに置いてあったメモの存在に気付いた。 ×××‐××××‐×××× 仕事で呼ばれたので先に出ます。会計は済ませてあります。 連絡を下さい。霧咲誠人 「……は?」  そのメモを見たときの榛名の心境は、言葉では言い表せないくらい複雑だった。――彼が本名を名乗っていたことも含めて。
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