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 なにせ予算がカツカツだから、搬入も搬出もできうる限り手弁当だ。  すべての物品をあるべきところへ返却し、解散となったのは真夜中をとうに過ぎてからだった。  携帯を確認する。連絡はない。  カギを使わず家に入るのがはじめてで、オートロックの文字盤でちょっとだけ迷う。起きてるかな。寝てるかな。その前に、部屋に来ているとも限らないわけで。  あらゆるシミュレートをしてみても、不思議と心は落ち着いていた。疲れているからだろうか。銀色の呼出ボタンが冷たくて、スマホをずっとにぎりしめていた手が温まっていることを知った。  玄関を開けてくれた水岡は、ラフな格好をしていた。整髪剤で固められていた髪もほどけて、陽のよく知る優しい香りがする。 「シャワー浴びた?」 「一度、家帰ったんで」  風呂に入って着替えて、わざわざ来てくれたという。「あ、そうなんだ」とか何でもないふりをしてその実、めちゃくちゃ緊張した。  え、なんで?  告白したときも、カギを渡したときも、インターフォンを鳴らしたときも、あんなに平気だったのに。  緊張して動揺したから、腕にひっかけていたビニール袋を下ろす前にコートを脱いで、結果荷物が派手に転がった。  ドラッグストアの袋から、商品が飛び出す。 「あ」  拾い上げた水岡が固まった。  節くれだった手の中にある透明なボトル。  そりゃあ固まるよね。ごめんねデリカシーなくって。でもとんとご無沙汰だったから用意もないし、痛いの嫌だし。いや、別に使わなかったら使わなかったでいいんだけど、念のためってだけで。 「えっと」 「かぶった」 「は?」  顔をあげると、口元を押さえた水岡がふらふら視線を泳がせている。その視線をたどると、部屋の隅にまとめられた彼の荷物、その前に、同じ店のロゴの袋が。  同じ形のボトルが二本並ぶと、とたんに業者感が出て、気恥ずかしさよりおもしろさが上回る。 「うーん、とりあえず相撲でもする?」 「は? なんで」  伝わらないかな、と思っていたけど案の定で、その怪訝そうな顔がまたおもしろくて笑った。  やっぱ箱入り。なのに、どんな顔してローションなんて買ってきたんだか。  笑えば笑うほどぽろぽろいろんなねじが外れていくようで、一向に笑いが止まらない陽に痺れを切らした水岡が、「さっさと風呂入ってきてください」とぐいぐい背中を押してきてまた笑った。  こんなものを買ってくるくせに、そんな、水たまりに張った薄氷を拾うような手つきで触るんじゃない。
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