125人が本棚に入れています
本棚に追加
7
なにせ予算がカツカツだから、搬入も搬出もできうる限り手弁当だ。
すべての物品をあるべきところへ返却し、解散となったのは真夜中をとうに過ぎてからだった。
携帯を確認する。連絡はない。
カギを使わず家に入るのがはじめてで、オートロックの文字盤でちょっとだけ迷う。起きてるかな。寝てるかな。その前に、部屋に来ているとも限らないわけで。
あらゆるシミュレートをしてみても、不思議と心は落ち着いていた。疲れているからだろうか。銀色の呼出ボタンが冷たくて、スマホをずっとにぎりしめていた手が温まっていることを知った。
玄関を開けてくれた水岡は、ラフな格好をしていた。整髪剤で固められていた髪もほどけて、陽のよく知る優しい香りがする。
「シャワー浴びた?」
「一度、家帰ったんで」
風呂に入って着替えて、わざわざ来てくれたという。「あ、そうなんだ」とか何でもないふりをしてその実、めちゃくちゃ緊張した。
え、なんで?
告白したときも、カギを渡したときも、インターフォンを鳴らしたときも、あんなに平気だったのに。
緊張して動揺したから、腕にひっかけていたビニール袋を下ろす前にコートを脱いで、結果荷物が派手に転がった。
ドラッグストアの袋から、商品が飛び出す。
「あ」
拾い上げた水岡が固まった。
節くれだった手の中にある透明なボトル。
そりゃあ固まるよね。ごめんねデリカシーなくって。でもとんとご無沙汰だったから用意もないし、痛いの嫌だし。いや、別に使わなかったら使わなかったでいいんだけど、念のためってだけで。
「えっと」
「かぶった」
「は?」
顔をあげると、口元を押さえた水岡がふらふら視線を泳がせている。その視線をたどると、部屋の隅にまとめられた彼の荷物、その前に、同じ店のロゴの袋が。
同じ形のボトルが二本並ぶと、とたんに業者感が出て、気恥ずかしさよりおもしろさが上回る。
「うーん、とりあえず相撲でもする?」
「は? なんで」
伝わらないかな、と思っていたけど案の定で、その怪訝そうな顔がまたおもしろくて笑った。
やっぱ箱入り。なのに、どんな顔してローションなんて買ってきたんだか。
笑えば笑うほどぽろぽろいろんなねじが外れていくようで、一向に笑いが止まらない陽に痺れを切らした水岡が、「さっさと風呂入ってきてください」とぐいぐい背中を押してきてまた笑った。
こんなものを買ってくるくせに、そんな、水たまりに張った薄氷を拾うような手つきで触るんじゃない。
最初のコメントを投稿しよう!