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おい、と陽は後輩に視線を送る。
企画を受けてくれたとはいえ、なかなかに手ごわそうな相手なのは間違いない。どうみても仕事相手に人の温かみを求めているタイプには見えないし、初対面であんまりつっこみ過ぎるのは得策でない。
陽の慌てた顔に、須永は気づかない。
「SNS見させていただきましたけど、睡眠グッズの効果をアプリで測定してんの、真面目でいいっすよね。自分、結構夜更かししちゃうタイプなんですけど、やっぱしっかり寝るって大事なんだなーって思いましたもん」
「それはなによりです」
ひやっとした声だった。クーラーの風が吹きつけたみたいにつめたい。
いい、いい。ここまでにしとけ。
陽は割って入ろうとしたけれど、須永が口をひらく方が先だった。
「なんか、そんなによく寝ることにこだわるようになった理由ってあるんですか?」
「特には。普通のことをしてるだけだと思いますけど」
「いやいやまたあ。女性ならともかく、若い男の人がアロマ何本も試したり、一万の絹のパジャマ買ったりとかって、あんまりなくないすか?」
「なぜ、ないんですか」
ぴしゃりと頬を打つような言葉だった。
「え?」
「だから、なぜ、男が自分のケアに金を掛けることが、ありえないのかと聞いている」
「いや……別にありえないなんて」
「思っているでしょう。男なんだから、自分を雑に扱って当然。暴飲暴食をしたり、夜遅くまでゲームや動画を見たりして、次の日調子が悪くっても、まあ仕事ができてればそれでよし。意識して適切な食事に切り替えることも、早めに就寝することもない。なぜですか?」
「あ、はは……」
ようやく風向きが悪いことに気づいた須永が、助けを求めて陽を見る。
いや、この状況でパス出されても。場を取りなすセリフは、そう簡単には浮かばない。
「おれからしてみれば、いい大人のくせに、単なる自己管理すらできないほうが、よっぽど『ない』です」
先生にド正論で叱られた小学生みたいに、「おっしゃる通りです」と謝ることしかできなかった。
打ち合わせが終わってからも落ち込み続ける後輩をなんとか慰め、とはいえ仕事はこの件だけじゃないので、缶コーヒーを奢って陽は自分の仕事にとりかかる。別の企画の進行確認と遅れているスケジュールの引き直し、制作会社から上がってきたデザインのチェックとそのフィードバック等々、片付けていけばもう夜だった。
「フォローありがとうございました」
定時で上がらせた須永を見送って、帰り支度をしている沙苗のデスクに近づく。
「ワタさんもお菓子いる? 新作、入荷してるよ」
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