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「甘酸っぱいですねー。え、おいくつくらいの方?」 「年齢非公開、とのことです」 「まあ恋に年齢は関係ないからね」 「なに目線なん、それ?」  顔がほとんど出ていなくてよかったと、きょう一番安堵した。  自分じゃない。だって恋などしていない。けどなぜか同じ名前の人と隣り合ってしまったときみたいに、名状しがたい居心地の悪さを感じる。どんな表情をしているのか自分でも想像がつかない。 「まあね、でも多くの皆さんが一度くらいは経験あるんじゃないかと」 「そうですねえ」 「そんなときどうしてたんですか?」 「どうだったかなあ。マンガとかゲームで気ぃ逸らしたり、あとは運動したりとか」 「運動」 「意味深に繰り返すなや」  テンポ良い応酬に笑いが起こり、その空気の揺れで我に返った。 「ヨウさん、どうでしょ。睡眠ゆうよりは恋愛のお悩み相談っぽいですけど」  絶妙なタイミングで話を振られる。マスクの下でのどを整え、水岡は口を開いた。  緊張や不安で寝付けないときは、交感神経が優位になってしまっていることが多いです。対策にはリラックスして副交感神経を優位にする必要があり、そのためにはホットミルクやヒーリングミュージックなどが効果的で――。 「あの、皆さんそういう経験があるんですか?」  なのに口をついたのはそんな言葉だった。一瞬でスタジオが凍り付くのがわかった。 「えっヨウさん恋バナ乗ってくれるんすか?」  いち早く硬直から溶けたのはやはり、瞬発力のある芸人二人だった。 「やー動画のイメージから興味ないかと思てたんすけど」 「聞きたい聞きたい」 「いえ、あの」  慌てて両手で留めるような動きをすると、スタッフから笑いが漏れた。ふっと空気が軽くなる。 「すみません、こういうことを言うつもりじゃ」 「いやいや、最高ですよ。スキャンダルほど数字とれるもんないですからね」 「なにがスキャンダルや。いやでも、好きな人できて眠れなくなるって経験でしたっけ? 全員じゃないと思いますけど、まあわりとポピュラーなんじゃないです?」  ほらよく少女漫画とかでもあるし、とツッコミのほうがぐっと身を乗り出してヨウに親指を立てる。そうなのか? 過去にお付き合いしたこともあったけれど、そんな状況、一度だって経験したことがない。 「まあ、恋愛ばかりじゃないと思いますよ」  そう助け舟を出したのは、西洋寝具の開発社員だった。 「眠れない、いわゆる不眠の原因には大きく二つあるんです。ひとつはお年をとって生理的に睡眠時間が短くなること。もうひとつは不安などのメンタル的なこと。その不安の原因には、圧倒的に人間関係が多いんです。好きな人、夫婦関係、親きょうだい、職場の人、皆さん何かしらはお悩みがあって、そういうことが睡眠に影響するのはめずらしくない」  白衣を着た社員はまるで講義のようによどみなく話す。
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