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改札を抜けたころには、もう夜の八時を回っていた。
生放送が終わり、反省会の後、打ち上げにも顔を出した。見学に来ていたはずの担当者に陽のことを聞き出そうと思っていたけれど、下心がよくなかったのか、詳しい話を聞く前にどこかに呼び出され消えてしまった。
代わりに演者の芸人とMCに捕まって、最初は面倒くさいなと思ったけれど、さすが会話を仕事としているだけあって、ウーロン茶がなくなるころには私生活の習慣なんかを暴露し合っていた。
――そんなら毎日十時に寝てるんすか。
――十時ったらバラエティのエンジンがようやく温まってきたころじゃないですか。
――いやそれはエンジンが遅すぎ。
思い出し、ふっと笑った口元から白い息が流れて消える。
クリスマスを間近に控えた駅前は普段よりもきらびやかで、週末ということもあって賑わっていた。あんまり強い明暗のコントラストは苦手だけれど、砂金をまぶしたような繊細なイルミネーションは、ライトアップに興味のない水岡の目にも好ましく映った。
夕食も済ませたので、スーパーもドラッグストアも寄らずに帰路につく。改札から続くペデストリアンデッキに出たとたん、つめたい風が頬を打って思わず目を閉じ、そして開くと真っ暗になっていた。
ほんの一瞬、一気に目が悪くなったのかと背筋が寒くなった。けどすぐに冷静になる。だってこんなの、前にもあったし。
雷もない日の停電。立ち尽くす自分を追い越していく何人もの人影。
声を掛けてくれる人はもういない。
でも今は片手が空いている。トートバックからペンライトを取り出したとき、後ろから声を掛けられた。
「大丈夫ですか?」
幻聴かと思った。
振り返ったはずみでペンライトが転がり落ちる。
ころころ転がった先で、誰かが捕まえてくれた。拾い上げる指先も、腕の角度も、顔も見えない。なのになぜ自分は、こんなにも緊張しているのだろう。
落とし物を拾った男は、けれどなかなか返してくれない。
「……新しく買ったって、言ってたじゃないですか」
その言葉を待っていたかのように、ふわっとあたりが明るくなった。
足元から立ち昇るオレンジの光。
夕焼けを塗っていくみたいに、それはするすると地面をすべっては、一帯を金色の草原に変えていく。わあ、と歓声が上がった。通りすがる人たちが歩みを止める。
地面から、浮島みたいに点在する花壇、その中央に旗のように差し置かれた電光掲示板へと、橙の光がつながっていく。視界の端にその光景を捉えながら、けれど水岡は、目の前の人影から目を逸らせなかった。
「ウソじゃない」
「でもこれ、すっごく見覚えあるんすけど」
「前のはすぐに壊れたから」
「えっ」
「だから新しく買ったんです。それは、別物」
スイッチが入れられる。乾電池一本から生み出される、新しい制服みたいな真っ白な光が、イルミネーションの上に重なる。
「まったく同じの、買いに行ったの?」
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