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 積み重なった睡眠負債はいまも水岡の身体の奥底にこびりつき、背骨を引っぱるようなだるさを伝えてくる。それなのに、首から上は電流でも流されたみたいに神経が高ぶって、陽のくちびるがこすれる音すら聞き分けられそうだった。  指一本分くらいうすく開いたそのすき間の奥の熱をもう知っている。 「これ以上、一秒だって思い煩いたくないのに、あなたのことを思い出すたびに眠れなくなる。暑い日に水に飛びこむみたいに、むちゃくちゃに触りたくなる」  ここまであけすけに言えばさすがに引くだろうと思ったのに、陽は一瞬視線をさまよわせたものの、逃げなかった。  伏せかけたまぶたを上げ、眉を寄せる。 「ええと……俺は謝るべき?」 「別に」 「じゃあなんで俺のせいなんて言うの」 「知らないです。でもそうなっちゃってるんだからしょうがないでしょ」  開き直ってはっきり言うと、すいと伸ばされた指先に耳をつままれた。焼きゴテでもあてられたようにびくりと身を引く。 「なにするんですか!」 「余計寝られなくしてやろうと思って」 「悪魔」 「そうだよ。だから、自分の欲求を優先しちゃう」  いっそ思いっきり触ってみたら? と悪魔は言った。 「腹が減ったら思う存分食べるみたいに、満足するか飽きるかしたら落ち着くんじゃない?」 「あなたはそれでいいんですか」 「いいよ。俺も触ってほしいし」 「は? なんで」 「好きだから」  おかしい。  十二月だというのに、一年で一番夜の長い日だというのに、身体は熱いし辺りはまぶしくてたまらない。  人質にとられていたペンライトを差し出されてつい手を伸ばすと、手首ごとつかまれた。度数の高いアルコールをぶっかけられたように、全身の皮膚が鋭敏になる。  この男はわかってやっているんだろうか。  かっと頭に血が上った。苛立ちにも似た衝動のまま腕ごと引っ張ってやりたくなるのをこらえる。 「好きですよ。だから触りたいし触られたい」  水岡の葛藤に気づいているのかいないのか、陽はプレゼントをもらった子どもみたいな顔で笑った。  かなわないと思った。  さっさと手放したくて仕方なかったはずなのに、繋いだ手を離せる気がしない。  あなたは? というように見つめられて、水岡は白旗を上げた。 「触りたいです」  陽は口を開かない。不思議に思って、自分が大切なことを言い忘れていることに気づく。 「好きだから」  よくできました、というかのように笑みを深めると、陽はあっさりと手をほどいた。スーツの内ポケットから取り出したキーケースを渡される。 「イベント、十時までなんです。片付けとかして、撤収は日付越えちゃうかも」  手のひらに落とされた銀のカギは、雪みたいにあっという間に体温と馴染んでいく。
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