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手早くシャワーを浴びて、ろくに髪も乾かさずに戻ると、ソファのうえでぼんやりしていた水岡が怒ったような顔で立ち上がる。
「髪。風邪ひきますよ」
「エアコン入れてるしすぐ乾くって」
「ダメです」
妙なお兄ちゃん力を発揮する水岡は、わざわざドライヤーを手に取ると、陽をソファの前に座らせて後ろから温風を当てる。どちらかというとぬれた動物を乾かすような手つきに、身構えた身体もすぐにほぐれる。
これはこれで気持ちいいけど、いいのかな。
もうずいぶん、ローションの出番を待たせてしまっているけれど、こんなまったりした空気でいいんだろうか。
「眠れないんですよ。あの日から」
かち、とスイッチを切って、まだ熱をもつ髪を梳きながら水岡はつぶやいた。
「あの日って、エッチした日?」
「まだしてない」
仰のき見上げようとすると、側頭部をわしづかまれて止められる。
「デリカシーってものがないんですか、あなたは」
「や、でもそこで恥ずかしがるの逆にやばいけど」
意味が分からない、とため息をついて、大きな手が頭から離れる。
「ともかく、色々試したんですが全然眠れなくって、当然動画も撮れないし。そんなことははじめてで、その、怖くなったんです。あなたに会うのが。もっと状況が悪化しそうで。だからって、あんな風に突き放すのはよくないとわかってはいたんだけど」
「いいってもう」
「ダメです」
あなたは何も悪くないのに、一方的につめたい態度を取って申し訳なかったと、座ったまま水岡は頭を下げた。背中を座面から離して、上体をひねり振り返る。目の前に下がった頭を、陽は撫でた。
「よかった」
「……なにが?」
「後悔とか、させちゃったかと思ったから」
手のひらの下から、とまどう気配がのぼってくる。
「自分の意志でやったこと、後悔するわけなくないですか?」
「やってみたら想像とちがったってこともあるだろ」
「もしそうでも、それは自分の責任でしょう」
というか、と水岡は膝と額の間に組んだこぶしをはさんで背中を丸める。
「そんな弱気なこと考えてる人が待ち伏せとかします?」
「いやーこれでも一瞬へこんだんだよ。まあ、すぐ吹っ切れたけど」
「信じられない」
「あなたとの仕事は終わったでしょう、って言われたから、じゃあまた仕事すればいいかーって。西洋寝具さんとお付き合いがあってよかったよ。座談会、アーカイブもあるって教えてくれたし」
生放送の収録がいつどこでされるのか、とても朗らかに教えてくれた。本当は今日、自分は野外準備に出なくてもよかったことは、言わなくてもいいだろう。
「前向きすぎる」
「図太くないと営業なんてできないからさ」
つむじから首筋をつなぐように手のひらで撫でると、伏せた顔の下から舌打ちが聞こえた。
「図太いんじゃなくて、頑固なだけでしょ。ゆるそうに見えて、こうと決めたら動かない。やっかな人だ」
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