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「……水岡さんって、案外人のことちゃんと見てるんだ」
「バカにしてます?」
「や、だって自分のことしか興味ないって感じだったし」
かたい氷のお屋敷のドアを、ずっとノックしているみたいだった。あんまり硬くて分厚いから、氷が透明だってことも忘れていた。
まさか内側から見られていたなんて。
ちょっと気まずくなったタイミングで顔をあげるから、とっさに視線をそらしてしまう。
「溺れそうな人がいたら、助けるかどうかは別として、見ちゃうじゃないですか」
「いやそこは助けようよ」
「泳ぐの苦手なんで」
新情報だ。
「それよりずっと気になってたんですけど、まだ布団片付けてないんですか?」
窓際に寄せてあった布の山を見遣って、水岡が呆れた声を出す。やば、と思った。だって、まさか部屋に呼ぶとは思ってなかったから。いちおう畳んでおいてよかった。
「いやーあれはその」
「使わないなら、ちゃんと干して早めにしまった方がいいですよ。窓辺だと結露で濡れるし」
「いや、使ってるから」
「は?」
だからその、といい言い訳も思いつかなくて、つい口を滑らせる。
「ベッド、ひとりだと落ち着かなくて、こっちで寝てるっていうか……」
おかしい。
別にそんな深刻なことじゃなくって、ただなんとなく前より広いセミダブルに寝っ転がると、車道のど真ん中で大の字になっているような場違い感にそわそわしてしまうから、ちょっと慣れるまで布団で寝ていただけなのに、口にすると急にすごく恥ずかしいことをしていたような気になってくる。
「明日ちゃんと干すよ」
いたたまれなくて、とりあえず布団を窓から離そうと立ち上がる、その手首を捉えられた。反射的に振り返って動けなくなる。
あの日、一度だけ見た熱っぽい目が、陽をまっすぐ貫いている。
シーツは洗っていたけれど、三か月ぶりに乗り上げたベッドは、ほこりっぽかったかもしれない。
あのときみたいに時間に追われるように性急に進めてくれればいいものの、陽と同じようにベッドの端に腰かけた水岡はなかなか手を出してこないから、ついそんなことばかり気になってしまう。
唯一ふれあっている膝頭が熱い。
なんだこれ。つき合いたての中学生カップルか。
いい大人が肩を寄せ合ってまごまごしているという図がもう恥ずかしくなって、ならこっちから仕掛けてやると顔をあげると見事に視線がかち合った。
「なに」
「いえ」
見惚れてました。
天気予報みたいな口調で淡々と言うからつい反応が遅れて、その隙にキスされてしまった。降り始めの雪がふわっとくっつくみたな、軽いやつ。
わあ、うれしいときも心臓って止まるんだな、と思った。
さっきまであんなにバクバクしていたのに、いまは雪の降る夜みたいにしんと静まり返っている。よく女の子がアイドル見て死んじゃうとかきゃーきゃー言ってるけど、本当だ。
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