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人間に人権があるように、アンドロイドにも権利が認められ始めて数十年が経つ。
それでも未だアンドロイドを虐げる人間は後を立たない。そんな中でも今夜の事件は別格だった。
表向きは金持ちのちょっとしたパーティー、本当はアンドロイドを蹂躙して下品な笑い声を上げる場として用意されたその会場の真ん中にはケーキでもシャンパンでもなく壊れかけたアンドロイドが打ち捨てられている。
「……酷いな」
現場に踏み込んだ二人の刑事のうち、長身の一人が眉を顰めながら言う。
アンドロイドの黒髪が床に散らばり、その上にもぎ取られた手足が落ちている。中途半端に外された頭のせいで首からはコードが剥き出しになり、腹からは液体が流れ出ていた。
もう一人の刑事がもっとあからさまに顔を顰め、現場を荒らさないようにと先輩刑事に言われていなければ今すぐにでもアンドロイドに駆け寄りたいという態度のまま口を開いた。
「アンドロイド技師はまだ来ないんすか⁉︎」
「上が呼んでるからそのうち来るだろう。ここまで酷いと直るかどうか怪しいがな。腕が良い技師が捕まればいいが」
「うっ、気分悪くなってきた……なんでこんな酷いことできるんすか? 機械だから? 物だから? アンドロイドだって痛覚あるじゃないですか。こんな風に壊すなんて酷過ぎます」
今は強制スリープモードになり痛覚も遮断されているが、そうなるまでどれだけ辛い思いをしただろうと若手の刑事が残虐な現場に目を背けながら思う。
「こういう場合、アンドロイドができるだけ意識を保つように細工がしてあることが多い。アンドロイドの上げる悲鳴は人間ではないからいいだろうという、そういう趣味の輩にとっては合法的な遊びなんだよ」
「合法じゃないですけど⁉︎ 犯罪っすよ、犯罪!」
「それはそうだが人間にするものよりは軽いのも事実だ。このアンドロイドが目覚めなければ殺人も同然なのにな」
パーティー会場をぐるりと見渡す。酒が注がれたままのグラスが幾つか残っている。アンドロイドが壊されていく様を見物しながら酒を楽しんだ人間が少なくともこのグラスの数だけいたということだ。
防音もしっかりしている中での享楽。本来ならば内輪だけで楽しみ、外部に漏れることなく楽しんで終わっていたのだろう。
下の階に用事があったのに間違えてこの会場を覗いてしまった人間からの「アンドロイドがめちゃくちゃにされてる」「お買い上げを、と言いながら人間がアンドロイドに悲鳴を上げさせてた」「早く来てくれ」という通報が無ければ二人の刑事がここに来ることはなかった。
最も自分達が良くないことをしているという自覚だけはある人間らの逃げ足は早く、二人が駆けつけてくる頃にはもぬけの殻だったが、時間が無かったからだろう犯人の証拠も幾つか残されていた。
「アンドロイドは丈夫に作られている。基本的に車に誤ってぶつかっても外の部分に軽く傷がついても内部に影響はない。そんなアンドロイドをここまで壊すのは素人の知識と人間の力だけでは不可能だ。アンドロイドに詳しい人間があのアンドロイドを痛ぶったんだろう、まるでショーのようにな」
「……なんでショーなんて言い方」
「そいつにとってこの会場は宣伝だ。うちの会社ならアンドロイドで普通とは違う、もしくは昔のような遊びができますよという宣伝。嗜虐趣味の人間を集めたパーティーだよ。もちろん宣伝なのだから、こういうものも配られる」
テーブルの下に隠れるように落ちていたホログラム付きの旧式の名刺を「宣伝効果は抜群だったろうな」と言いながら先輩刑事が見せる。
そして小さくはあるがアンドロイド業界の中では老舗とも言える会社名を指でなぞりながら小さく溜息を吐く。
「誰かが落としたんだろう。厄介な忘れものをしたな。アンドロイドは片付けが大変だし言い逃れができるから敢えて忘れて行ったんだろうが……名刺は忘れたくなかっただろうな。まず間違いなく黒幕はこいつだろう」
「いやいやいやなに悠長なこと言ってんすか、犯人こいつじゃないっすか! いや見物してた奴らも逮捕したいけど、とりあえずこいつ捕まえてから客の名前吐かせればいいんすよ! なんだ、こんなのもう犯人わかってるようなもんじゃないっすか。なんで今すぐこいつの店に向かわないんです?」
「犯行映像がないだろう、監視カメラも布で覆われていた。明確な証拠がない。人ならともかくアンドロイド相手では、現行犯でないとまだまだ弱いんだよ。それに今回言い逃れられてしまうと、疑われていると気づかれてしまう。次はもっとバレないようにするだろう。絶対に一度で捕まえなければ」
どうしたものか、神経質そうに指を動かしていると、カツン、とヒールが床を叩く音が聞こえた。
ああ、腕の良い技師が捕まったな。と少しほっとした気持ちで振り返り、そこにいる知り合いの技師の姿を見て刑事の頭に一つの閃きが走った。
「彼らに行ってもらおう」
「え?」
どういう意味です? と後輩刑事が不思議そうな顔をする横で、先輩刑事は頭の中で策を練り始めた。
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