君とプリンを買う帰り道

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 その店の入り口には特殊な精密機器が設置されている。中に入った途端に「人間様一名、アンドロイド一体のお越しです」と喋るのを聞き、「わあ」とスワンは大袈裟に驚いて見せた。  アンドロイド製作の技術は年々上がっていて、人間の肉眼ではもちろん機械の簡易検査でもアンドロイドか人間かを見抜くのは難しくなっている。  特にスワンとレオの二人は今まで初対面の相手に「人間とアンドロイドの二人組」と気づかれたことはほとんど無かった。 「ご予約のスワン様ですね。お待ちしておりました。どうぞ、店長がお待ちです」  店員にそう出迎えられ、スワンはにこりと温和に微笑んでみせる。レオは黙ってスワンの後ろを歩き、スワンが案内されソファーに腰掛けた時もそっと後ろに控えた。向かいのソファーに座る店長はその様子を見て気分が良さそうに何度も頷く。 「そちらがスワン様のアンドロイドですね? いやあ素晴らしい、オーダーメイドタイプとは、凝り性ですなぁ」  店員が紅茶を置いてすぐに去る。特別にあつらえたであろうその部屋に店長とスワンとレオが残され、スワンだけが淑やかに紅茶を口にする。しゃら、とメガネチェーンが揺れて音を立てる。その間も唾を飛ばす勢いで店長は喋り続けている。 「その上、お仕着せは古き良きアンドロイドの見本! そうですそうです、最近はアンドロイドも友人なのだからと普通の人間と変わらぬ格好をさせる者も増えてますが、人に使われるアンドロイドはこうして一目でわかる格好をしておかなければね。あ、もちろんこれは差別ではなく褒め言葉ですよ。アンドロイドにはアンドロイドの領分というものがありますから。私はちゃんとわかっていますよ、お客様からの信頼を得るために」 「……ええ、大事なアンドロイドを預けるには信用できる方でないと」 「そうですとも! スワン様はきちんとルートを伝ってのご依頼ですからね。なんでも致しますよ」  あの会場で拾った名刺経由の予約とも知らず店長が「どうぞなんでもおっしゃってください」とにこやかに言う。 「実はこの子に忘れてほしい記憶がありまして。ほんの一部なのですが……」 「ああ、なるほど! いやいやどのような記憶かは詮索しませんよ。身近なアンドロイドに個人的なことを覗き見されて気まずい思いをなさる方はかなりおられますからね。アンドロイドは嘘をつけませんから、誰かに質問されてそのアンドロイドが話したらと思うと、それはもう恐ろしいでしょう」 「ええ、そうなんです、アンドロイドは嘘がつけませんから。僕の恥ずかしい話をされたらと思うと……」  アンドロイドの記憶はたとえ持ち主でも勝手に消去はできない。何らかの事故や事件時に有力な証拠になるため、法律で定められているのだ。つまりこれはまるきり違法行為だ。  そんなことを頼んでいるとは思えない態度で、えへへ、と愛らしく笑いながらスワンが無表情で後ろに控えているレオに目を向ける。 「いい子でしょう? 大人しくて。いつもはもう少しフレンドリーに接してくるんですけど、今日は特別」 「素晴らしい! アンドロイドの使用時に合わせて切り替えをきっちりなさる! アンドロイド持ち主の鏡ですな!」 「僕たちの親、ちょっと変わった人でね、人とアンドロイド両方いっぺんに育てるんだって、子どもを引き取ったその日にアンドロイド起動して……だから僕らは兄弟みたいなものなんだ」  にこ、と牽制するような笑顔に気付いているのかいないのか店長の態度は変わらない。 「僕にとって大事な子だから、大事に扱ってくださいね」 「もちろんですとも! 今から奥でアンドロイドをスリープ状態にした上で記憶を見られる状態にしますのでしばらくお待ちくださいね。もちろん私は目を通さず、見られる状態になったらすぐ呼びますので」  そう言いながら店長がレオを連れて奥に入る。先ほどまでスワンに愛想を振り撒いていた店長はレオと二人きりになった途端に笑顔を消し去り、ふんっと人を小馬鹿にした態度へと変わる。 「何が兄弟だ、馬鹿馬鹿しい」  アンドロイドとそんなものになれるわけがないだろうと吐き捨てる姿をレオが袖に付いたカフスボタンを弄りながらじっと見つめる。 「なんだその生意気な目は」  そう言いながら店長が何の躊躇いもなく無遠慮にレオの髪を引っ掴む。 「どうせ記憶消去するんだ。ちょっとくらい手荒なことをしても何の問題もないということをわかっているのか? どうせお前は物だ。嫌だと思ったその感情も忘れてるよ」  顔を顰めるレオに店長が愛想ではないニヤけた面を寄せようとしたところで、レオが身を捩って今潜ったばかりのドアに手を伸ばす。 「無駄な抵抗はやめろ。アンドロイドには開けられないようにそのドアには特別な磁気を流して」  その言葉を無視してドアノブを掴む。すぐに弾かれたように手を離すだろうという予測は外れ、ドアが開かれて薄暗い部屋の中に光が差し込んだ。カツン、とヒールの音がして、スワンが顔を出す。 「げーんこうはーん、だよね?」  ドアに触れないように体を滑り込ませながらメガネのつるに手を当て、にこ、とスワンが笑顔で言う。 「えへ、刑事みたい。僕、アンドロイド技師なのに。でも技師でもやる時はやらないとね、なんて言ったって僕の兄弟がこんな目に遭わされてるんだから」  許せないよね、と青い瞳を冷たく光らせてヒールの音をカツカツと鳴らしながら近づき、レオの髪を掴んでいる手を見下ろす。 「やめてよね、こーいうの」  そう言いながらスワンが店長の手を捻り上げる。何が起きているのかわからないという風に困惑した顔のまま店長はスワンを睨む。 「なーに、その目。僕のこと、壊したいの?」  ふふ、と口元に指先を当て蠱惑的に笑う。 「僕らの親と同じだね。あの人も人間とアンドロイドで役割分担を求める人だった。アンドロイド技師だけど古い人でね、アンドロイドは人間に全て従うべきだと信じ切っていた……僕が従うべきだとね」 「お、おまえ、人間じゃ」 「アンドロイドだよ、気づかなかったみたいだね。入り口の機械にばっかり頼ってちゃだめだよ。あの子は人間が一人アンドロイドが一人とは教えてくれるけど、右にいるのがアンドロイドですとかは教えてくれないでしょう?」  こんな可愛い服を着て、紅茶を飲んで、にこにこしてたから、人間みたいに見えちゃったんだね。とスワンは笑う。人間らしく。 「僕らの親はね、死ぬ時は僕を棺に入れるつもりだった。人間のレオは自分の後継ぎ、アンドロイドの僕は黄泉への水先案内人ってね」 「な、にを言って」 「僕はそれでもよかったのに、急な心臓発作で、まともな遺言残す前に死んじゃったから、僕はレオに相続されちゃった。棺に入れて欲しかったな。だってそれって一緒に死ぬってことみたいだ。アンドロイドっぽくない、人間っぽい」  物を食べなくても太陽の光を浴びなくても優しさが無くても、無駄を全て削ぎ落とせるのがアンドロイドだ。スワンはそれと真逆のことをする。たくさんの大好きなもので身を囲んで、人間みたいに。 「僕はあの人の忘れものだから。余生だと思ってる。アンドロイドの余生。だから人間に遠慮なんかしてやんないんだ」  そう言いながらあの日忘れていった名刺を出して店長の前にちらつかせる。 「同じ忘れもののせいで足がついたね、おあいにくさま」  激昂した店長が近くに置いてあった工具で殴りかかる。普通のアンドロイドであればその程度では壊れない。けれどスワンは違う。 「ああ、もう、裂けちゃった。やめてよ、この肌質のためにやわこいの使ってるんだから」  アンドロイド専門家が目を凝らしても分からないほどの「人間らしさ」のために、壊れやすい体でここにいる。 「人の兄弟傷つけてんじゃねえよ、クソ野郎」  がんっ、とレオが怒りに任せて店長の口を蹴り上げ、靴の先を口にのめり込ませたまま店長を床に倒れ込ませる。  コードが見えちゃう、と言いながらスワンが手近な器具で自分を直し始める。 「スワン、こんな所にある器具使うな、なんかあったらどうする」 「えー、大丈夫そうだけど? 心配性だなぁ」 「こんな奴を目の前にして、どうやったら心配しないでいられると?」  そう言いながら刑事に持たされていた紐で店長の手首を縛り上げて動けないようにする。  レオのカフスボタンには録音可能、スワンのメガネには録画機能がついている。後は刑事に引き渡すだけだ。 「どうして、どうして嘘がつけた! アンドロイドは嘘がつけない! そういう風に作られて」  暴れようとする店長をレオは冷ややかに見下ろし、スワンはきょとんと見下ろす。 「僕、嘘なんて言ってないよ? まあ隠し事はしてたけど」 「嘘だ! 他の人間に聞かれたら恥ずかしい、そいつから消したい記憶があると」 「うん、あるよ。レオには速やかに忘れてほしいなぁ。僕が夜中にこっそりレオのプリン食べちゃったこと」  忘れてほしいなぁ、と上目遣いでレオのことを見るが、スワンの方が背が高いのでもちろん無視される。 「忘れねえよ」 「でもあれはレオも悪いんだよ? レオ絶対食べるの忘れてたもん、賞味期限切れるギリギリだったし」 「次の日食べるつもりだったんだよ!」  二人で言い合っている間に刑事が駆けつけ、店長は引き渡される。スワンはもちろんメガネチェーンは自分の手元に残した。レオはようやく堅苦しいことはやめられるとばかりに豪快にシャツのボタンを外す。  寒い帰り道を二人で歩きながら、レオの方から口を開く。 「あんなこと言うなよ」 「なんのこと?」 「……親父と、死んでもよかった、とか」  スワンはしばらく自分より小さな同い年の兄弟を見下ろし、それからふっと笑った。 「そうだね、君と死ぬのもいい」  少しも後ろ向きではない、晴れやかな答え方で、だからこそレオは嫌だった。 「プリン、買って返せよ。今日中に」 「えー? まあいいか。僕の分も買おうっと。ほろ苦いやつにしちゃう? それとも甘いのにしてあったかいコーヒーと一緒に食べる?」 「……お前の好きなのでいいよ」  こいつを生かすために長生きしないと、とレオは思いながらスワンの楽しそうな横顔を眺めた。
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