一話 プロローグ

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一話 プロローグ

中学二年生 夏。 蝉の鳴き声があちこちで聞こえ、7月の強い日差しの中、春樹はとある無人駅で電車を降りた。 そう、ここが今日から新しく生活をする場所。家から電車で二時間以上もかけてたどり着いた駅だ。埼玉県の果てにあるど田舎の村。辺り一面田んぼと山ばかりで電車も一時間に一本しかない。 春樹は駅から降りると大きなカバンを抱えながらただひたすら田んぼ道を歩いて行く。とりあえず自分が今日から下宿する家に行って挨拶をしなくては。ただ、一体何キロ歩けばそこにつくのだろうかと大きな疑問を持ちながらただひたすらに歩いていた。 「プップー」 後ろからクラクションがなる。少し古ぼけた小さな灰色の乗用車。春樹のすぐ後ろまでくると窓が開いて中の人が話しかけて来た。 「やあ、君が今日からうちに来る雪村くんだね?いやーすまないねえ。わざわざこんな遠いところまで歩いて来てもらって。さあ後ろに乗って乗って」 そう、春樹に話しかけてきたこの人こそ、今日から春樹がこの村の下宿先の主人、安藤拓也さんだ。村の役場の職員で、色々な相談役にも乗ってくれる人望の厚い人。どうやらもう子供は東京に家庭を持っているらしく、奥さんと二人暮らしなので、是非うちに下宿してくださいとわざわざ言ってきてくれた心優しい人だ。 そう、春樹は東京の中学から、こんなど田舎の中学にわざわざ一人で転校をしてきたのだった。 春樹は小さい頃から活発な少年だった。 幼稚園の頃は体も一番大きく、我も強く、とにかく好奇心旺盛だったため、クラスのボス的な存在だった。しかし一度暴れたり、何か始めるともう手がつけられない性格であり、トラブルメーカーでいつも先生や友達を困らせていた。 春樹の担任になった先生はいつも春樹に悩まされていた。何度注意しても治らない。何か一人で突然はじめ出すとそればかりに集中して周りが全く見えず、協調生もない。それでいて体は大きいので暴力ばかり振るう。春樹のせいで幼稚園にきたくないという子供もたくさんいて、春樹の両親のもとにはひっきりなしに苦情が届いていた。 春樹は完全なる発達障害であった。しかしこの時代はまだそんな情報は行き来しておらず、春樹はただの悩みの種としてか処理されなかった。 小学校にあがると、春樹は持ち前の明るさですぐにクラスメイトと仲良くなれた。ただ、相変わらずもトラブルは多かったが、担任の先生がとても面倒見のよい先生で、春樹を可愛がり、よく理解していた。 春樹は自分の好きなことや、授業のこととなると夢中になって勉強した。勉強はできない子ではなかった。それこそ中の上くらいの成績だった。そして昔から運動が大好きで、ずっと野球をやっていて、高学年の時には全国にでるようなチームでレギュラーだった。そんなこともあり、なんやかんやで小学校は楽しく過ごすことができた。 中学に進学すると、春樹は新しい野球のチームに入った。しかし、どうもクラスに馴染めなかった。勉強もそんなにできない部類ではなく、体も大きく、運動神経も良かったが、変に明るく振る舞う春樹に違う小学校の生徒は困惑した。 「雪村はなんか変だよな」 「落ち着きがない」 「あいつ人の話聞いてないよな」 そして進学したての頃はあまり感じなかったが、だんだんと時間が経つにつれ、直感的に理解するようになった。小学校の頃とは違う、はっきりとした力関係。そう「スクールカースト」というものに。 春樹は自分の能力以上に活躍したとおもう傾向が強かった。とにかく我が強く目立ちたがり。カーストの上位に立てないと気が済まない性格だった。 二年生になり、新しいクラスに入った。そして新しい友達ができ、新しいクラスメイトと仲良くなった。そして何よりも、春樹のはいったグループは春樹の念願だった、クラスで一番強いグループだった。二年生になり、とうとうカースト上位に潜り込むことができた。 この頃、春樹は幸福の絶頂にいた。クラスで騒いでも怒られないし馬鹿にされない。クラスメイトからも一目置かれ、自分たちに逆らう連中はいない。グループの仲間も春樹ととても仲良くしてくれて、毎日みんなで一緒に帰った。クラスの可愛い女子グループとも仲良くなれたりした。この期間、春樹は完全に舞い上がっていた。 この頃、春樹はこの上位グループと休日に遊べないからという理由で何年も続けた野球を辞めてしまった。その頃、野球に対する情熱が薄れたこともあり、建前は勉強に専念するためと言って、毎日楽しく遊んでいた。 あるとき、女子グループから春樹に対して問い合わせが来た。グループのリーダー格の少年が誰と付き合っているか教えて欲しいと言われた。これはグループ内部の秘密だったため、漏洩は厳禁だったが、春樹は女子に問い詰められ、舞い上がっていたこともあり、口を滑らせてしまった。そしてここから春樹の学生生活は崩れ落ちて行く。 春樹が漏洩したことにより、あっという間にクラスに情報が漏れた。グループ内だけの情報であったのに漏らしたのは誰だということがグループで流れた。当然春樹に疑いがかかり、女子たちは春樹から聞いたと少年に告げた。こうして春樹はようやく手にした地位を全て失うこととなるのである。 漏洩してから何日かたち、グループのみんなといつも通りコミュニケーションをとるがどうも素っ気ない。今まで仲良く話していたのに、なぜか返事をしてくれなくなったし、絡んでもくれなくなった。音楽や家庭科などの教室移動のさいにも、いっしょに行ってくれなくなり、着いた先でも話をしてくれない。ほかのクラスメイトに話しかけてもどうもみな冷たい。今まで女子グループも自分がいたグループとは仲良くしているが、自分にだけは話してくれない。 春樹はこの時よくやく悟った。自分はクラスから省かれていると。おそらくグループのリーダーがみなに指示したのだと。それ以来、春樹は常に学校で一人で過ごすこととなるのである。 二年生になってから2ヶ月が過ぎた。この頃春樹は完全にクラスで浮いた存在になり、どこに行くにも一人ぼっちであった。違うクラスの友達と頑張って付き合おうとしたが、クラスが違うぶん、どうも馴染めない。そして自分に対するクラスメートの扱いがエスカレートしていった。 はじめは皆で無視をするレベルだったが、春樹が追い出されたグループに皆が春樹を見て逃げ惑ったり、春樹の机に触れたときに「菌がうつる」などといって春樹に聞こえる声でやったりした。体育の授業でも春樹は完全に避けられ誰も一緒にしてくれる友達はいなかった。 春樹が近寄るたびに、グループではわざと笑いながら春樹を避けた。春樹の悪口を机に書いたり黒板に書かれたり、道具を隠されたり、机にゴミを詰め込まれたりした。 当然ながら担任は見て見ぬ振りをした。ほかのクラスメイトも同様。春樹は天国からこの生き地獄まで落ち、ただただひたすら耐えなくてはいけなかった。 6月中旬。 春樹、14歳の誕生日を迎え、家族に祝ってもらえた。 「春樹、14歳おめでとう。学校も新しいクラスが楽しいって行ってたしなにかおねだりしていことある?」 母親が優しく春樹に話しかける。母親は新しいクラスメイトと仲良くしている情報を本人から聞いていて嬉しくてたまらなかった。 「じゃあさ、学校辞めていい?」 春樹がそういうと母親はとても驚いた。持っていたローソクを床におとし、突然の春樹の告白に同様の色を隠せなかった。 「ど、どうしたの?春樹?二年生になってからあんなに楽しそうにしてたし、お母さん、野球を辞めたことだって怒らなかったでしょ?春樹が楽しく学校に通っているのみるのとても嬉しかったんだよ?何があったの?」 母親が心配そうに話しかける。春樹は涙をこらえていたが、とうとうこらえきれなくなり、泣きながら今までの経緯を話した。 その話の内容に母親はショックを隠せなかった。あんなに活発で、どう考えてもいじめられるタイプではない春樹が学校でいじめにあっている。まさか自分の子が、そしてこの春樹が。 正直春樹もそれは同様だった。怖いもので人間は自分を唯一無二の存在だと思いたがるのである。誰かがいじめられる現状をみれば、「今度は自分の番かも」というよりは「自分はいじめられない」とへんな思い込みをするものである。春樹は今まで舞い上がっていたこともあり、まさか自分がこの状況になるとは思いもしなかっただろう。 そして家族で色々と話し合った結果、春樹は中学を変え、卒業までどこか違う場所に行くことを決めた。父親は運良く中学校の先生。学校やクラス担任はなにもしてくれない現状を理解していたし、春樹自身にもう学校にいくきがないことも悟っていた。 そして春樹は言った。「どうせなら、力関係がまったくないような中学に行きたい」 しかし中学校のことを考えると、どう考えてもそれは不可能だった。スクールカーストは中学が一番根強い。どこにいってもある程度のいじめはあるだろう。ましてや春樹の性格だと型にハマれば上にいけるかもしれないが、クラス協調は不可能に近い。 そこで父親は、職場の人間の紹介で、今いる東京都から埼玉の果てにある、すごく田舎の学校に転校を決めた。家から電車で二時間以上もかかるので、さすがに中学生一人では通えない。一緒に住むこともできないため、役場の職員の安藤さんの家に下宿させてもらうことに決まったのだ。 中学二年、六月後半。春樹は両親と学校に行き、転校する手続きを学校に行った。もうこの学校に戻ってくることは二度とないだろう。
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