忘れ物の気持ち

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     ホームに出てみると、雨足は弱まっていたが、風はまだ強かった。  傘が飛ばされぬよう、持ち手と手首を紐で括る。  この傘をまともに使うのは初めてだった。弓塚からプレゼントされてから、一度か二度開いてみた程度で、その日に電車の中に忘れてしまっていた。  預かり所で受け取った時、一瞬彼の顔が浮かび、不快な思いをしたが、物に罪はない。  高谷がよこしたブローチも、城ヶ崎から受け取ったポーチも、今や自分のものだ。であれば、自分が使うことに何の問題があろうか。奏恵は言い聞かせるでもなく心の中で言い切る。  家に着いたらもう一度メッセージを開こう。返事が来なかったら、興信所に頼むのもいいかもしれない。  そう思いながら傘を開く。  内側に顔があった。  見覚えがない。男とも女ともつかない顔。呆れと、怒りの混ざった、侮蔑の顔だった。  それが傘の裏地一杯に広がり、彼女を見ている。 『今更なんだよ。今まで散々放っておいて』  反響音のような声が響いた直後、突風が吹いた。  開き切った傘は風を受けて彼女の手を振り解き、巻き付いていた紐を勢いよく締め、彼女の手首を千切り落として、そのまま暗雲の彼方へと飛んで行った。 奏恵の悲鳴は、雨音と暴風で、碌に響かなかった。
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