完結一話「忘れ物みたいな月を見上げてる」

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完結一話「忘れ物みたいな月を見上げてる」

 むかし、やることなすこと、すべてが嘘、という男と 付き合っていたことがあります(笑)  思えば私も若かった(笑)  その男の嘘というのは徹底していて、 『独身だよ』といえば『嫁持ち、結婚して4年』という意味であり、 『会社員だよ』というのは『フリーの、仕事がないバンドマン』の事であり、 『好きだよ』という言葉は『きみがおれにとって都合がいいオンナである限り』という意味でした(笑)。  このような状況であっても、  うすうす嘘だとわかっていても、  若い女子というのは、自分をみごとに、だませるものでありまして(笑)    私も自分をだまし続け、ごまかしつづけたあげくに、  ある月の夜にふと、 『この人はウソをついているが、いっそすべて受け入れよう』  と、思ったのでした。  そう思った瞬間に、しんどい気持ちはすべて消え、  身体は軽くなり、  同時に、  その男への妄執も きれいさっぱりと消えてしまいました(笑)。  あれはいったい、何だったんだろう(笑)??  今でも不思議に思うことがあります。  あの夜の月はちょうど、私にとっては忘れ物みたいなもので、  忘れてはいけない、と思うと余計に、忘れてしまうようなもので、  なにもかも、あるがままでいい、と受け入れた瞬間に、  彼に関する真実を知りたいという気持ち、彼を理解したいという気持ち、 月をくだいてでも彼を手に入れたい、とう気持ちも  あっさりと、なくなりました(笑)。  その結果はまた、皮肉なもので(笑)。  月の夜を境に、私が彼の嘘と彼自身をどうでもよくなったのに、  逆に彼が、今度は私に執着するようになり、  最後はもう死ぬの、コロスの、という警察沙汰まで行って ようやく終わりました(笑)。  女子なら、若いころに一度はくぐりぬけるような  執念一途な恋だったのだと思います(笑)。  今でも、時々月を見上げると、  あの夜の冴え冴えとした月を思い出します。  忘れ物みたいに儚くて、  忘れ物みたいに手から滑り落ちてしまった、  いっそすがすがしいような(笑)、不思議な月の形でした。  あんな形の月を見ることは、  もう二度とないと思います。  だって貴男はもう、生きていようが死んでいようが どうでもいい存在になってしまったのだから。  子供の頃の忘れ物のように、 ぼんやりと思い出すだけのものになってしまったのだから。  だからもう。  悲しいような顔をして、私の右肩の上で ふわふわと浮かんでいなくてもいいんだよ。  忘れ物の月みたいに青ざめた顔で、 恨みがましくこっちを見たって、 もうしょうがない。  勝手に、成仏してね。  嘘つき野郎。 「忘れ物みたいな月を見上げてる うその言葉をもぎ取れなくて」 (わすれものみたいなつきをみあげてる うそのことばをもぎとれなくて) 【了】
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