あたしの特別な一日

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あたしの特別な一日

楽しみにしていた彼氏との温泉旅行。あたしは完全に浮かれていた。だからここ数ヶ月の間に見知らぬ男に付け回されているという悩みも吹っ飛んでいた。最初は勘違いかと思った。しかし仕事帰りに彼氏と落ち合って居酒屋に行った時やデートの最中に寄ったファミレスにいた時など常に誰かに見られている気配を感じた。彼氏に一度相談した事はある。その時は気の所為だろうと笑われた。間もなくしてと分かった。彼氏といつも通り待ち合わせしていた時、誰かの視線を感じた。恐る恐る振り向いてみると電信柱の陰に男が立っているのが見えた。男の手にはカメラがあり、いつからかあたしを撮っていた様だった。男と目が合った時のおぞましさ。思い出すだけで鳥肌が立つ。けれどあの時はどうしてこんな男に怯えなければならないのかというムカつきの方が強かった。何をしているのか訊こうと距離を詰めると男は逃げていった。流石に脳天気な彼氏も大事と見たのか、今度見かけたら追い払ってやると言ってくれた。大学時代にアメフトをやっていたと自負する彼氏はなかなか良い身体をしている。対してあの男はかなりのヒョロガリだったし、取っ組み合いになったら彼氏の勝ちだ。とはいえ暫くはその男の事が頭から離れなかった。警察は何か起きなければ動いてくれないと言うし。「陽菜に何かあったら絶対駆けつける」と心配してくれる家族や友達の存在は有り難かった。そんなあたしを察してくれたのか、数日して彼氏が珍しく温泉旅行に出掛けようと誘ってきた。それから今日まではすっかりの事を忘れ切っていたのだ。まさか旅行先でも出くわすなんて夢にも思っていなかった。小腹がすいたから何か食べよう。そう言って彼氏が手を握ってきた次の瞬間、一台の車があたしたちの直ぐ目の前で急ブレーキを掛けて停まった。一歩間違えれば轢かれていてもおかしくはない。それくらい近い距離だった。彼氏も車を睨んでいる。あたしは文句を言ってやろうと車に近寄った。が、車から降りてきた男の顔を見て思わず悲鳴を上げてしまった。だ。カメラを持ってあたしをずっと付け回していた男。どうしてここが分かったんだろう。彼氏の腕をぎゅっと掴んで男を指差した。「あの人だよ。あの人。カメラ持ってあたしを付け回してた。早くやっつけて」そこで彼氏が固まってるのに気づいた。どうしたのと言いながら彼氏の腕を小突いた。 「ナツコ!」 今まで聞いた事のない彼氏の素っ頓狂な声。あたしは何故か吹き出しそうになった。
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