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「しまった。今日も財布を家に忘れてきてしまったようだ。今月でもう何度だ?」
小学生のような忘れ物をするのだ。
「小銭入れに多少のお金はあるが、この程度では馬車には乗れんし…、仕方がない、走って帰ろうか」
大臣は、観念したように荷物をまとめて王宮を出た。
故郷を捨てれないと涙する体の弱い母とまだ幼い弟妹達を置いてはいけぬと、王宮住まいを断った大臣。
雨の日も風の日も遠く離れた王宮に向かい、仕事が終われば、母や弟妹達の世話があるからと真っすぐに家に帰る大臣。得た給料さえ、ほとんどを家族のために使うのだ。
なんと立派な男であろうか。
そんな大臣は、今、荷物を抱え、タタタタと走っている。忘れ物をしたからである。
「うむ、このままいけば、日が落ちきったころには我が家に帰り着くだろう」
野を駆け、橋を渡り、森をくぐり抜け、また野を駆ける。地表に転がる石ころも、目をかすめる距離にある木の枝も、なんのこれしきずんずん進む。普通の者なら一日かけて行くところを大臣は一時ほどで駆け抜ける。
何度もこのようなことを繰り返すから、大臣はいつしか屈強な肉体さえも手に入れていた。洋服の下に隠れた鋼のような筋肉は、大臣の忘れ物の証なのである。
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