占い

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 社会人2年目の冬、興味本位で行ってみた占いで、気になることを言われた。 「葵(あおい)さん、今度の12月12日、この日はあなたの特別な日になるよ。」 自信たっぷりな笑みを浮かべて「本寺町(ほんじちょう)の母」は私に言った。一緒に占い結果を聞いている大学時代からの友人、希美(のぞみ)は「おお、なんだかすごそう!」と興味深そうに私の肩を叩いた。12月12日は、およそ1週間後の金曜日だ。 「『特別な日』っていうのは…何か人生に影響を及ぼすようなことが起きるんでしょうか。」 「さあ…何が起きるかまでは、はっきり見えないけど…悪いことではないよ。」 本寺町の母はその後、来年は仕事で何か転機が訪れるやら2年後には子供の姿が見えるやら、少し先の未来の話をし出した。  占いの館(小部屋と言った方が適切な感じではあったが)をあとにして、希美と私はカフェに入った。お互いの占い結果についてあれやこれやと話した。 「12月12日、何があったか連絡ちょうだいね!」 「うーん…まぁ、期待しすぎないでおくけど。」 当たるも八卦当たらぬも八卦、と私は心の中で呟いた。 12月12日金曜日。 いつも通り家を出て、定期券を改札にタッチする。 残金 777円 お、何だかラッキー!と少し嬉しい気持ちになる。昨日コンビニで昼食を買ったときには、気付かなかった。特別な日ってまさか、これ…?とやや物足りない気分で電車に乗り込んだ。 時折あることだが、電車の中でたまたま目の前に座っていた人が次の駅で降りた。周りに譲るべき人はいなさそうだったので、座った。まさか、これが特別なことなのだろうか。嬉しいような、期待外れのような。 会社に着くと、オフィスの片隅にクリスマスツリーが飾られているのに気付いた。高さ150cm程で、赤や金の丸いオーナメントがバランスよく吊るされている。てっぺんには星が輝き、中央よりやや上の辺りには「Merry Christmas」と筆記体で書かれた銀色に輝く飾りがつけられていた。クリスマスの雰囲気が好きな私には嬉しい装飾品だ。特別な日、だからだろうか。 午前中、いつも捕まらない営業の林さんに、一発で電話が繋がった。出張費の清算の仕事がスムーズに進んだ。 お昼休憩の際には「これ、出張のお土産。」と、課長がみんなに「萩の月」を配った。大好物だ。とても嬉しい。コンビニでシュークリームを買うのはやめよう。 午後、議事録を任されていた会議が急遽延期になった。正直眠気と戦いながらこなすのがしんどいと思っていたので、心が軽くなった。代わりに他の仕事が捗った。 退社後、駅で彼を待つ。今日は金曜日だから、久しぶりに飲みに行こうと約束をしていた。大学時代から付き合っている彼とは、社会人になってから会う頻度は減ってしまった。しかし、お互いの予定をすり合わせ、無理のない程度にこうして飲みに行ったり出かけたりしていた。私は今の距離感に満足はしていなかったが、納得はしていた。 待っている間、希美にケータイでメッセージを送った。 「特別な日の報告! 小さいラッキーがいっぱいあった!笑 書くほどではないかも。でも、良い気分で一日過ごせた〜♪」 送信してから、ふと思った。 結局、自分次第なのかもしれない。今日の出来事を特別だと受け取るか、そうでないのかは。 定期券の残金も、オフィスのクリスマスの飾りも、今日でなくても気付けたことだ。 電車で座れたり、電話が繋がったりすることも、今日初めて起きたことではない。 それらの出来事に「特別」「良いこと」と思える心があるかないかではないのか。 当たったかどうかはともかく、占い師のおばちゃんはいい言葉をくれたんだな、と私は1人納得した。  改札前の柱にもたれる私のところへ、彼は小走りで来た。「ごめん、お待たせ!」「全然、お疲れ様。」とお決まりのやり取りをし、いつも通り私は彼の手を握る。 何度か行ったことのある馴染みの居酒屋に行くのかと思いきや、駅の反対側に連れて行かれた。 「先輩が、こっちに美味しいお店があるって教えてくれてさ。」 私の目を見ないで言う彼。何だかいつもと雰囲気が違う。大きなプロジェクトがあったと言っていたので、疲れているのかもしれない。それでも、私に付き合って金曜夜に出歩いてくれるのはありがたい。 「美味しいお店」は、私が想像していたものより、格式高い雰囲気だった。馬刺し食べたいな〜なんて思っていたとは言えない。仕事帰りなので、服装がそれなりにフォーマルなのは助かった。 「ちょっと待ってて。入れるか聞いてくる。」 そう言って、彼は私を外で待たせて店の中へ先に入った。そんなに人気のお店なのだろうか。レンガ造りのお店の中の様子は、外からはよく見えない。 しばらくしてから彼は店から顔を出し「来て来て!」と手招きした。 中に入るととてもすてきな雰囲気のお店だった。ほんのり流れるクラシック音楽。天井には派手すぎない小ぶりのシャンデリア。真っ白なテーブルクロスがどのテーブルにもかけられており、その上でキャンドルの炎が揺らめいている。すでにセットされているカトラリーはキラキラと輝いていた。 彼がこれまた先輩から聞いたおすすめのフレンチのコースを頼んでおいたと言ったので、私は頷いた。知らない名前のワインが出てくる。 「たまにはこういう雰囲気のお店もいいね。」 私の言葉に、嬉しそうに彼は「でしょ?」と笑顔を浮かべた。 食事が進み、次にデザートが来るというところで彼がかなりそわそわしだした。 「あのさ…。」 「トイレだったら入り口の方に向かって行って右だよ。」 彼は私の言葉にぷっと吹き出した。「そうじゃなくて…。」ごそごそと慣れない素振りでポケットから小さな箱を取り出す彼。 「俺と、結婚してくれませんか?」 箱の中には、ドラマやCMでよく見る一粒ダイヤの指輪。 私は驚きのあまり声が出ず、視線を彼と指輪との間で往復させた。 緊張に強ばらせた肩。紺色の小さな箱。 今にも泣き出しそうな顔。ピカピカのプラチナの地金。 私を見つめるいつになく真剣な瞳。輝くダイヤ。 「…はい。よろしくお願いします。」 私は彼に深々と頭を下げた。 「おめでとう!!…っていうか、そっちじゃん!特別なの、そっちじゃん!私にメッセージくれた方じゃなくてさぁ。」 クリスマス目前の休日午後のカフェ。テーブルに勢いよく置いたカフェラテが少しこぼれる程度には力強く、希美は私につっこんだ。プロポーズのことは直接言いたかったので、私は希美にメッセージを送らなかった。 「まあ、そうかもしれないけど…。」 カフェモカのマグカップを半ば無理やり置かせ、私の左手を希美は自分の手に取り、まじまじとそこに光る婚約指輪を眺めた。 「もちろん、それはとても嬉しかったし、間違いなく特別なことだったよ。でもね、小さな特別に日々気付くのも大事だと思ったんだよ。それは私としては、いい発見だったの。」 「それも、分かる。」 私の左手をそっとテーブルの上に戻し、希美は頷いた。 「私もその心がけを見習って、日々幸せを見つけつつ待つことにするわ。私の特別な日を。」 「あの後、一人で占い聞きに行ったんだっけ?」 「そう、2月4日!」 にっこりと歯を見せて笑う希美。逞しいというかポジティブというか、そういう希美の勢いのある性格が私は好きだ。 2月4日の夜、希美からの報告に思わず吹き出すことになってしまうのを、この時の私はまだ知らない。
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