わすれもの

2/4
前へ
/4ページ
次へ
カランカラン 40分遅れだった。 彼にも駅を出る時にメッセージは送っていた。 きっと彼も心配してくれているだろう。 私の様子を見るなり 優しい言葉をかけながら 抱きしめてくれるにちがいな…. … ……… そこに彼はいなかった。 急いで店名を確認する。 間違い、ない。 彼と初めてデートした まだお金がなかった頃に 無理して連れてきてもらった思い出の場所。 窓際の 街ゆく人がよく見える 私たちだけの 予約席。 赤と緑であしらわれたそのプレートは 無人の居場所を埋めるために 主役の到着を今か今かと待っていた。 彼には連絡をしたはず。 急いでスマートフォンを確認… ない。 スマートフォンが…いやそれ以前に 持っていたはずの鞄も 彼に渡すために 彼と付けて乾杯するはずだった ペアバングルも それに同封した 私の気持ちを映した 昨晩書いた手紙も すべて。 ……… もうどうでも良かった。 電車に置いてきたのかもわからない。 そこに残されたのは 何も持たない空っぽの私。 いらっしゃいませもないほどに騒がしい店内を いくつもの幸せの中をすり抜けていく。 音もなく奥側の席に座り 周囲の様子を見渡す。 私たちと同じくらいの年代から 家族連れにご年配の方まで。 一人ひとりがこの日を待ち侘びていたのがわかる。 グラスの鳴る音や蝋燭を吹き消す音が 私の耳を突き抜けていく。 … そうだ。 きっとそうだ。 こんな雪だもの。 彼も電車が止まっていて 走ってこの店に着くや否や 遅れてごめんと目尻をくしゃっとさせて 膨らんだ私の頬を緩ませてくれるだろう。 そうだ。 きっと そうだ。 …。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加