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「…顔、近いよ。」
白い無機質な天井を背景に
目の前には待ち望んだ彼がいた。
「し、栞!?」
彼は腫れた目を見開き、雪解け水のように涙が溢れ出る。
「もう、何て顔してんのよ。」
「馬鹿やろう!お前、自分がどれだけ…どれだけ!!」
彼は横たわる私を強引に抱きしめる。
「ごめんね、心配かけて。」
「心配なんてもんじゃ…お前、何があったか思い出せるか?」
「うん。まあ大体だけど…電車が雪で止まって、駅からお店まで走り始めて。途中で渡った歩道橋から…あとはあんまり覚えてないかも。」
「さっきまでお前、ずっと危ない状況だったんだぞ!それを…」
「隼。それは悪いと思ってるんだけど…ちょっと、痛いかも。」
「あ、ごめん!」
そういう彼は、優しく私を解放してくれた。
「私ね、ずっとあのお店にいたの。」
「は?お前はあれから救急車で運ばれて、俺に連絡があった時からずっと、病院で治療を受けてたじゃないか。」
「ううん。そうなんだけど…でもね、私ずっとお店で待ってたの。」
「…夢でってこと?」
「夢かはわからない。けどね、あの思い出の席で、ずっと隼を待ってた。でも男の子に不思議がられちゃって…仕方なく店を出たらね、逢えたの。」
「逢えたって、誰に?」
「…キスをプレゼントしてくれるサンタクロースに。」
「おまっ、ばっ!起きてたのかよ!」
みるみるうちに彼の顔が赤く染まる。
「目が真っ赤な、不細工なサンタだったけどね。」
「誰のせいだと…はあ。まあともかく、目を覚ましてくれて本当に良かったよ。」
「うん、ありがとう。せっかくのクリスマスに、こんなでごめんね。」
「怪我人が気を遣ってんじゃねえよ。そんなことより、これ。」
唐突に取り出した紙袋。
それを持つ腕にはめられた
銀色に光るバングル。
「本当は、店でサプライズで渡す予定だったんだぜ?」
恥ずかしそうに渡された紙袋を受け取る。
中で輝く赤いリボンを解き、丁寧に蓋を開ける。
「退院したら、それ付けてまたあの店行くぞ。…今度は身体も忘れんなよ。」
私は僅かに上がる左手を差し出す。
彼も真剣な表情で、環指にそれを通す。
「痛い。…へたくそ。」
「こんなの、やったことないんだからしょうがねえだろ。」
「あーあ。もう少しスマートだったらなあ。」
「いいから黙って待ってろ。」
彼はさっきよりも力強く
それでいてまた優しくなる。
「綺麗。」
病院の蛍光灯に、無数のダイヤモンドが輝く。
「栞。」
「…。」
「…メリークリスマス。」
「え〜、そこ言う台詞違くない?」
「うっ…うるせえ!病院だから言えねえだけだよ。こういうのはな、雰囲気。そう、雰囲気が大切なんだよ。」
「はいはい。」
…
たとえ、私が何かを置いてきても
何を置いてきたかすら忘れてしまったとしても
この人なら
この人となら
きっとそれを見つけ出せる。
別に根拠なんてない。
ただなんとなく
乾雪のようになんとなく
他愛ないやりとりの中で
私はそう感じていた。
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