忘れものしただけなのに

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 ナグサちゃんは、ずっと昔にこの小学校に通っていた女の子で、身体があまり丈夫ではなかったのですが、ある冬の日、宿題をするためのノートを学校に忘れ、夕方、それを取りに戻った際に発作を起こし、日が短く教室も真っ暗だったために先生達も倒れている彼女に気づくことなく、翌朝、すでに冷たくなった状態で発見されたんだそうです。  それ以来というもの、同じように夕暮れ時に忘れものを取りに行くと、彼女の霊が現れる……というのが、そのウワサのあらましでした。  もしもナグサちゃんに出会ってしまったら、同じように翌朝、冷たくなって見つかるだとか、遊び友達として向こうの世界に引っ張られるだとか、神隠しにあってしまうだとか、諸説いろいろ……。  そのウワサが嘘か(まこと)か? 本当にそんな事件が過去にあったのかはわかりませんが、そうした話があったために、まさにそのシチュエーションにいるA子さんは校内に入ることを躊躇ったんです。 「で、でも、ウワサは聞くけど、実際に見たって人知らないし、きっと嘘だよね……」  それでも現実問題として、いるかいないかわからない幽霊より、テスト不合格だった時の音楽の先生の方が怖かったA子さんは、自分にそう言い聞かせると、勇気を出して昇降口を入りました。  いつも通っている校舎とは違う顔をした、夕暮れ刻の小学校……自分以外、動くものの何もない薄暗い廊下は、異様なほどにシン…と静まり返っています。 「うん……パっと行って、すぐに取って戻れば大丈夫だよ……」  そんな言葉で自分を奮い立たせながら、A子さんは早足で、非常灯と火災報知器の赤い光だけが点る廊下を、自分の教室に向けて急ぎます。  五年生のA子さんの教室は三階にあったので、階段も全速力で駆け上がり、なんとか教室へとたどり着きました。  ガラガラ…と、いつもよりも響く音を立てて入口の戸を開き、夕闇の満ちた教室の中へと入ります。  無論、そこにも人影はなく、自分の息遣い意外は何一つ音がありません。  その上、薄暗いというよりは、最早、夜に近い闇に覆われており、なんだか普段使っている自分達の教室とは違うような……どこか、他の教室に間違えて来てしまったのではないかという錯覚にすら捉われます。
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