忘れものしただけなのに

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「ひっ……!」  A子さんは全身の血の気がうせ、凝り固まった表情筋を大きく引き攣らせました。  なぜなら、その死体のように蒼白い肌をした彼女の顔には、二つの眼のあるはずの部分にぽっかりと、真っ黒い穴だけが空いていたからです。  明らかに生きてる人間ではないその存在……〝忘れ物のノート〟というその言葉に、彼女が〝ナグサちゃん〟であることに思い至るのは、そう難しいものではありませんでした。 「キャアアアァァァーっ…!」  それを理解した瞬間、A子さんは悲鳴をあげると、金縛りの如く固まっていた身体を弾けるようにして翻し、全速力でその場から逃げ出します。 「…ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」  教室を飛び出したA子さんは、薄暗い廊下を無我夢中でとにかく走りました。  ですが、あまりのことにうっかりして、昇降口のある方向とは逆の方へ走ってしまっています。 「……ま、間違えた……こっちじゃない……」  その過ちに気づいたA子さんは、慌てて方向転換しようと振り返ります。 「……ひぃっ…!」  ですが、振り向いた彼女の目は廊下の向こう側に、暗闇の中でぼんやりと白く光って立つ、あの女の子の姿をまたしても捉えてしまいます。 「い、イヤあぁぁぁぁーっ…!」  A子さんは戻ることを諦め、今、自分のいる廊下の奥からならすぐ近い、もう一つある階段を使って一階へ下りることにしました。 「…ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」  A子さんは一段抜かしに、まさに転がり落ちるようにして階段を駆け下ります……。
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