忘れものしただけなのに

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「は、はい! これ! あ、あったよ……あなたの、忘れたノート……」  一縷の望みを託し、振り返りざま、A子さんはそのノートをナグサちゃんに差し出します。 「…ノート……わたしのノート! あった! わたしの忘れ物のノート!」  と、そのノートを手にしたナグサちゃんは、初めて同年代の女の子らしい声で、歓喜の叫びをあげました。  ふと見れば、その顔もあの恐ろしいものから、なんとも可愛らしい少女のものに変わっています。 「……やっと、やっと見つかった……わたしの忘れ物……見つけてくれて、ありがとう……」  そして、笑顔でA子さんにお礼を言うと、夜の闇に溶けてゆくかのように、すぅー…とナグサちゃんの姿は消えてなくなりました。  瞬間、彼女の手にしていたA子さんのノートは、パサリと床に微かな音を立てて落下します。 「……ハァ〜……助かった……のかな?」  緊張の糸が切れ、大きく深い溜息を吐くと、A子さんはその場にへたり込みます。  そのまましばらく呆然とした後、改めて昇降口へ向かってみましたが、今度はまるで何事もなかったかのように、いとも簡単に学校から出ることができたそうです。  ただし、家に帰っても遅くなったことをお母さんにこっぴどく叱られ、体験した出来事を話しても信じてはもらえず、挙句、もうクタクタでリコーダーの練習もできなかったがために、けっきょく翌日のテストも不合格で音楽の先生にも怒られる羽目になってしまったのではありましたが……。  まあ、それはともかくとして、後からその時の体験を考えるのに、ナグサちゃんの霊が彷徨い出た理由について、なんとなくわかったような気するとA子さんは言っていました。  彼女の死後、ナグサちゃんの私物は当然処分されてしまったでしょうし、いくら探しても彼女の忘れ物のノートは学校の何処にもあるはすがありません。  だがら、忘れ物を取りに来て亡くなってしまったナグサちゃんは、そうとも知らずにずっとその忘れ物を探していたんじゃないかと。  それゆえに、A子さんが代わりのノートを手渡してあげると、あんなにも喜んで姿を消したのでしょうが、果たしてあのまま成仏してくれたのか? それとも、あれは単に一時的なもので、今でもけして見つからない忘れ物を、ずっと繰り返し探し続けているのか……それは、誰にもわかりません。 (ワスレナグサ 了)
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