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うちの夫は鈍い
「今日、あなたがどうしてケーキを食べているか、わかる?」
夫はよく、私の言葉に怯えたような態度を取るのだけれど、案の定、今も私の言葉に、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で固まっている。あ、フォークからケーキが落ちたのに気付かず口に運んだ。ふふふ。可笑しい。
追い詰めるのはいけないと思いつつ、大きい図体した夫が小動物みたいにオロオロしているのが可笑しくて、敢えて助け舟を出さずに、じっと夫を見つめて答えを待つ。
少しの間、私の視線に射竦められ、思案し、逡巡していた夫だったが、不意に「我が意を得たり!」みたいな顔をして、口に何も入っていないはずなのに、もぐもぐしてエアケーキを飲み込んだ。
キラリ。瞳が光る。
「もしかして、並んでくれたの? 大変だったでしょ? ありがとう。さすがに凄い美味いな!」
これでどうだ! と、でも、言いたいのだろう。エア尻尾を振って、褒めてくれオーラを放つ。子犬なんだろうか。この人は。
変な訊き方をしてしまったのは自覚がある。だって、照れ臭くて、どう切り出したら良いのか、わからなかったのだ。しかし、だ。私は夫の解答に呆れていた。なぜそこまで気付いて、そこまでしか気付かないのか。
正解なのは半分だけ。会社員の私が、どうして午前中に売り切れるケーキを平日に買えたと思う? 何をしにどこに行って、このケーキを買いたいような気分になったと思う? この有名なケーキ屋の先には、何がある?
「ブブー」
「違ったぁぁぁぁぁぁあ!」
不正解を伝えると、夫は敗者のようにテーブルに突っ伏した。ああ、可笑しい。
「今日…… 今日…… あああ…… なんだろう!? 誕生日じゃない。結婚記念日は過ぎた。なんだ?! なんだ?! え、なんだ?」
そう。今日は誰の誕生日でもない。結婚記念日でもない。これから増えていくたくさんの特別な日に埋もれる、ただの、始まりの一日。
「残り三十秒」
「待ってぇぇえ!」
腕時計を見て、カウントダウンしていく。夫が焦って挙動不審になってきた。こんなんで、真相を伝えたら、どんなふうに狼狽してくれるのだろう。想像すると、可笑しくてしかたがない。私は、テーブルの下に隠れたお腹をそっと撫でた。
うちの夫…… あなたのお父さんは、本当に鈍くて、可愛らしいのよ。
【了】
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