死んだんですか?

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死んだんですか?

ウサギ用のケージを買って、用務員室に戻ると、飼育委員の6年生が出入り口に群がっている。 鍵を開けて中に入ろうとすると子どもたちのすすり泣きが聞こえてきた。 何、泣いてんだよ、キモ。 「本当に死んだんですか?」 自分たちのしたことを後悔してるのか、俺の嘘がバレているのかどっちでも良いやと思って何も答えなかった。 「本当に捨てたんですか!?」 俺が罪人みたいな言い方だ。お前たちが何をやったか、もっと考えろ。 中に入って鍵をかける。 ケージを黙々と組み立てた。パン吉と子どものウサギがこっちを見ているように思った。 ケージの中にペットシーツを敷き詰めた。エサと水の置き場もある。子どものウサギのスペースも作る。お菓子の缶にガーゼを敷いて、子どものウサギを並べた。 弱りすぎていて、本当に死ぬかもしれない。 小学校6年の頃、俺はクラス全員からいじめられていた。人間不信というか、小6っていう、少し力を持った年代の人間が大嫌いになった。 大人じゃないけど、学校の代表みたいな立場になって子どものくせにプライドが高い。 変にストレスをためていて捌け口を探している。 だから、いじめる対象を見つけて悪に仕立て上げる。自分たちは正義だと勘違いをして集団の力で悪に仕立てた人間を徹底的に痛めつける。 飼育委員の6年生にとってパン吉一家はその対象になりつつあった。 きっと、ドアの向こう、俺を悪人に仕立て上げている。対象が俺に移れば、ウサギはこの先安泰だろう。俺は悪人になったらこの学校から追放されるだけ。仕事を失うが、大したことはない。  「マサヤ、なにこの、かわいい子たち。」 俺は、ウサギが死んだことにしてうちのアパートに連れて帰ってきた。 「かわいくないよ、臭くて最悪。」 「え?」 彼女が、匂いを嗅いで 「臭くないけど。」 そりゃ、今は。 「飼うの?」 「死んだことになってるから、学校に置けないんだ。」 帰ってくる時、たまたま月が見えた。 青空が広がる中にうっすら青く見えていた。ぱん吉もケージから赤い目を空に向けていた。 ウサギを連れて帰ることに特別な意味があるように感じた。 明日はきっと全校集会だろう。 校長先生が涙ながらに命の尊さを語るのが想像できる。 「盗んだの?」 「は?」 「……ウサギ泥棒?」 「……保護したの。」 そうか、窃盗かもしれないな。明日、校長先生には本当のことを言おう。それで俺は、辞めることになるだろう。ウサギは返すに返せなくて、子どもたちを混乱させた罪は重そうだ。 「それより、母親だと思っていたウサギが父親だったんだよ。」 「え?」 「2週間、なんにも出てこない乳首吸い続けてたんだよ、コイツら。」 「マジか。」 「だから、注射器でミルクあげてよ。俺もやってみたけど、すげえ飲むよ。」 「やりたい!」 彼女は動物が好きだから、任せることにした。 きっとまた、子どものウサギが生まれる。 本当の母親ウサギは今、雄のウサギと同じ飼育小屋にいるからだ。 パン吉がキャベツを齧る。 カリカリカリカリ小さい音を立てて。 死んだはずのパン吉は俺の部屋で生きて行く。 〈了〉
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