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チェックメイトは正々堂々と
「グロブ、チェスをやらないか?」
「やる!」
僕は大きな声で返事をする。
当たり前だ。蓄えてきた罠の知識を、今日こそ発揮するんだ。
「今日はハンデを設けてやろっか。ナイトを一個だけ捨てるハンデ」
そう言ってお父さんは、チェス盤模様の布をテーブルの上に敷いた。
今までのゲームで父さんには勝てなかった。それで、どうしても勝ちたくて正面からの勝負はやめた。
今日のこのハンデを利用して、僕は罠を使って勝つんだ!
「ほら、準備できたよ」
お父さんの声が聞こえた方へ向く。父さんの黒盤からは、ナイトが一つだけ除けられていた。
「グロブ、もう指して良いよ」
僕は早速、先手で一手を指す。
「ん? 新しい罠でも覚えたのか」
僕は普通の定跡を指してしまった。罠を使えば勝てるかもしれないのに。僕は何故か、罠を張る事を躊躇ってしまった。
僕は何かを忘れているような気がする。
それから二十手程、局面が進むと罠を張れるようになるけれど、僕はその手を指せないでいた。
父さんの真正面から勝負をしてくる、その正々堂々とした、そんなチェスの指し回さが好きだ。
僕がチェスをやろうとしたきっかけも、父さんのチェスに憧れたから。だけど、今の僕はそれを目指せているのかな。
罠なんかで勝ちたくない——
「父さん攻撃的な激しい局面。好きだよね」
「勿論だ。でも、何で今になって聞いたんだ?」
「……真正面から勝負しようよ! 父さん!」
僕と父さん、両方を危険にする一手を指した。つまり犠牲だ。
「その一手、グロブが指した手の中で一番好きだ!」
父さんはその勝負を受け入れてくれた。
僕がしたかったチェスでもあり、お父さんが好きな一手。こんなにも楽しいチェスを、何で忘れていたんだろう。
僕は楽しんで、そして本気でこのゲームを戦う——
「チェックメイト!」
「負けた……父さんはやっぱ強いな」
「ここまで追い詰められるとは思わなかったよ」
「楽しかったなぁ」
僕はいつの間にか見失っていたみたいだ。父さんの指し回しに憧れていたのに、いつからか勝ちにこだわっていた。
お父さんらしいや、この正々堂々としたチェックメイト。憧れるなぁ。
「……次はハンデ無しでやろうよ。正々堂々と!」
「おう! 真正面から掛かって来い!」
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