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「途中まで送っていってあげるわ」
女はそう言って、目を瞑って何か短い呪文を唱えた。その後煙のようなものに包まれて視界を失ったかと思うと、二十メートルほどはあろうかと思われる白い大蛇が現れた。口から赤い長い舌を出している。さあ乗ってと大蛇は言っているようだった。
「心配だから俺もついていこう」
少年がさっと大蛇の背に跨った。私も彼に続いて跨った。大蛇はすごい速さで地面を這ったと思うと、茂みの奥の御神木のような大木の穴に入った。その下は広いトンネルのようになっていた。
「ここは生と死の交わる場所だ。もし誰かが出てきたとしても、決してそっちへ行ってはならない。声をかけることも許されない」
暗いトンネルを蛇女の超高速腹滑りでしばらく進む途中、パッと辺りが明るい光に包まれたかと思うと、知らない赤や黄色の花々が咲き誇る花畑が現れた。その中ほどで、数年前に亡くなった曽祖母の姿を見た。彼女はしわの寄った目で私を見つめて微笑んでいた。
「桃花」
と曽祖母は生前と同じ優しい声で名前を読んだ。私はすぐにでも彼女の方に駆けて行きたかった。ひいおばあちゃんと声に出して呼びたかった。だが先ほどの少年の言葉を思い出して必死に飲み込んだ。遠ざかる曽祖母は悲しげな顔で私を見送っていた。
花畑を抜け大きな川を渡り、涼しい風の吹き渡る平原を進んだ先には広い砂浜が広がっていた。頭上に晴れ渡った青空が見える。すると向こうから一人の少女が歩いてくるのが見えた。三年前に病気で死んだ幼馴染の智慧だった。智慧と私はよく二人で砂浜で潮干狩りをして遊んだものだった。
「桃ちゃーん!」
半袖半ズボン姿の智慧ははつらつとした笑顔で私の名前を呼んだ。智慧、と名前を呼び返しそうになったとき、「何も言うな」と少年が私に鋭い視線を送った。私は泣き出したい気持ちになりながら、すぐ目の前までやってきた智慧を見た。智慧は記憶にある、眩しいくらいの笑顔を私に送っていた。
「桃ちゃん、どこに行くの? 一緒に遊ぼう?」
智慧は私に語りかけた。私は苦しい思いを抱えながら目を瞑った。これ以上、智慧の顔を見ていることができなかった。
「桃ちゃん、どうして知らないふりをするの? ねえ、私と遊びましょう? 桃ちゃん、ねぇ」
智慧の手のひらが私の腕に触れたとき、ふわりと身体が宙に浮いた気がして目を開けた。頭上には空が近づいていた。蛇なのに飛べるのか。心を見透かしたように少年が言った。
「彼女は蛇だが、ここでは自由に飛ぶことができる。体力を使うからあまりやりたくないらしいが……」
蛇は何も言わなかった。蛇の姿だと人の言葉は喋れないらしい。
白蛇はゆっくりと上空を進んだ。いつの間にか辺りは再び暗闇に包まれ、眼下には砂浜も智慧の姿ももうなく、ただ深い暗闇だけがあった。
気づいたら私は泣いていた。夜のような闇の中を、溢れ出した涙が冷たい風とともに流れていく。泣いていることに気づいたのか、少年が不意に口を開いた。
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